その他 読切
□桜木
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「もう、大学生になるんだな」
「……うん」
一泊遅れて、彼女が答えた。雪景色を見たまま、僕は続ける。
「距離も遠いし、一緒に遊んだり出来なくなるな。これからは別々だ」
屋根にかかっていた雪が落ちる。後を追う雪が途絶える頃に、彼女はそっと頷いた。
「幸せだったよ」
僕の言葉が空気に沈んだ。
今日は彼女の卒業式だ。彼女の言葉を受け止めなければいけない。なのに、気持ちが溢れ出してくる。
見慣れたブレザーは、今日で役目を終える。これからは、新しい服を身に纏うのだろう。
もう、彼女に制服は要らない。もう彼女には必要ない。
ありがとう、と僕は笑った。
「うん……ありがとう」
そう言って、彼女が俯く。ゆっくりと首を振り、少しだけ涙を散らした。肩の辺りで髪が揺れる。
その震える肩に、上着を掛けた。彼女の細い指先が添えられる。赤色の、少し不似合いなマニキュアが塗られていた。息が、詰まる。
「化粧は、しないほうが良い」
要らないお節介だった。言ったあとで、そう思った。
「そうね、ごめんなさい」
力なく笑んで、彼女は、申し訳なさそうに爪を隠した。
ふと彼女の視線が、僕の机にあることに気付く。そこには昨日まで、鉛筆で書かれた相合傘があった。僕と彼女の名前が、並んでいた。
遊び半分で書いたものでも、僕には大切な思い出だった。たくさんのハートが、かすれて色あせていたのを思い出す。
「ごめんなさい」
彼女が言った。
子犬のように体を縮め、悲しみの色を浮かべている。それでも、その口調はとても明瞭だった。