遊びの部屋

□ハロウィン2017
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【城の廊下 其ノ弐】〜転換〜



若草色の天使「……………ねぇ、ルーちゃん?」

城の中では最も狭い部類の部屋であるルシファーの私室、居場所である床のマットの上。ちょこんと座って。視線の先、声を掛けた。

ルシファー「……ん?ナニ?」

同じく自身の壁際の机、椅子に腰掛け片手には本、もう片方の手は平行に座った机に肘をつき頬を支えて。緩やかに組んだ足、背凭れにもたれゆったりと本を読みながら、返事をする。

あれからもう何日が経ったろうか。いや、何ヶ月?

若草色の天使「……………あれからもう何日ですかね?いや何ヶ月?何ヶ月経ちましたか」

ルシファー「ナニが」

若草色の天使「ナニがじゃないですよ、分かってるくせに。答えなくても。………お腹、空かないんですか…?」

穏やかなされど不敵な表情。
視線は未だ、本の上。




ーーー ある日、唐突にルシファーは天使に告げた。

ルシファー『決めた。俺の次の食事はアンタだペット』

若草色の天使『へ?』

明るい不敵顔。唐突にも程があった。
故に、天使が言葉の意味を理解するまでには若干の時間が要された。

若草色の天使『………食べる気になったんですか』

ルシファー『漸くな。喜んでイーぞ』

若草色の天使『いつ食べるんですか?今晩?それとも明日?』

ルシファー『まだ決めてねぇ。アンタは極上の晩餐だからな、普通に喰うのは勿体ねぇから。もうダメってくれぇ腹減ってから喰うわ。その方が余分に美味ぇし』

若草色の天使『そうですかー』

そんな会話。内容に全くそぐわない明るい声でさも普通の会話の様に淡々と語られた。

あれからもう何日が過ぎただろうか。いや、何ヶ月?

若草色の天使「いつになったら食べるんですか、私のこと」

ルシファー「まだ時期じゃねぇよ。腹空いてねぇ」

若草色の天使「ほんとなんですか?それ。こんな何ヶ月も。何も食べてなくて大丈夫なんですか?体」

ルシファー「……あのな」

若草色の天使「はい」

そこで漸く、ルシファーは視線を本から上げて天使を見た。

ルシファー「俺強ぇんだよ、かなり強ぇ力持ってんの」

若草色の天使「……?知ってますよ?だからこそ地獄の支配者さんなんでしょう?」

ルシファー「そー」

若草色の天使「そーって」

天使にはルシファーが何を言いたいのか全く分からなかった。浮かべた怪訝な表情。

ルシファー「だから他の連中よりも断然頑丈なの」

若草色の天使「何が言いたいんですかー。質問に答えてくださいよ」

ルシファー「答えてやってんじゃんこーやって。俺力強くて頑丈だから。他の悪魔連中とは違って多少飲み喰いしなくても大丈夫なワケ」

若草色の天使「……そういうものですか?」

ルシファー「そーゆーモノ。アンタは自分の心配だけしてろよ、いつ喰われるか分かんないってのもなかなかの恐怖感だろ?」

若草色の天使「別にそんな事はないですよー?」

ルシファー「……可愛くねぇ」

期待とは違った天使の答えに。ルシファーの瞳が若干、細められた。
そして再び膝についた手に持つ本へと視線を落とす。

ルシファー「アンタほんと変わってんな。死ぬのが怖くねぇの?喰われるってことは死ぬって事だぞアンタ。分かってる?」

若草色の天使「分かってますよ」

ルシファー「死ぬのが怖くねぇってか。大層な天使サマだ」

そう言ってくっくと愉快げに笑った堕天使に。天使が言った。

若草色の天使「………本当にお腹、空いてないんですか…?」

ルシファー「……………」

穏やかな空気の不敵な笑み。ゆったりとした雰囲気で

“………まーな”

ルシファーが顔を上げた。


ルシファー「腹が減ったらそのうち喰うよ。それまで待ってろよ、な?バカ天使」

若草色の天使「…バカとはなんですかバカとは」

ルシファー「バカじゃんか」

若草色の天使「むっかー!バカじゃないですよ私!」

ルシファー「ハハ」

若草色の天使「もー!また鼻で笑ってー!むぅ……!」

穏やかな不敵顔。窓から差し込む光に照らされそれはそれはもう本当に穏やかな空気で。


ルシファー「……アンタのこと喰える日を楽しみにしてるよ」


ルシファーがフッと笑った。
























ルシファー「……………………」

薄暗い廊下。若草色の天使とのそんなやり取りの後、ルシファーは

“俺チョット散歩行って来るわ。アンタはここで大人しくしてろ。…ま、どーせそれ(首輪)あるからこっから動けねぇケドな、アンタは”

そう言って。自分の私室を後にした。薄暗い廊下をルシファーはひとり静かに歩く。

ルシファー「………、っ……」

…その顔はとても青ざめていた。
額に浮かぶ汗、寄せられた眉。ぼやっと視界が霞んだ後、閉じられた瞳。彼の体調がいかに優れていないかを容易に物語っていた。

額に添えられた手、もう片方の腕は自身の腹を抱えるようにして回された。ふらり……ルシファーの体が小さく揺れる。ぐらついた体を一歩動かした足で何とか支えた。

普段は神々しいまでの艶めきを帯びている大きな四枚の大翼、それも、何処か皺枯れて見えた…。

包帯男「ーーーーーっ、ルシファー様!!」

包帯の執事が側へと駆け寄った。焦りを帯びた表情。そっとその体に手を添えて支える。

ーーー ルシファーの体はもう空腹で限界だった。

包帯男「……っ、食事を召し上がって下さい!」

ルシファー「要らねぇ」

包帯男「何故ですか!!」

ルシファー「要らねぇから要らねぇっツってんだ。それ以外に理由があるか」

憔悴感の漂う月夜色の瞳。けれども射抜く様にして、ふらつく体に軽く上半身を屈ませた体勢から鋭く執事を睨み付ける。

焦りを隠す事無く執事が必死に訴えた。

包帯男「このままじゃ倒れてしまう!御身体が保ちません!頼むから食して……!」

ルシファー「要らねぇっツってんだろーがしつけぇな。どうしても何か喰えっツーんなら水持って来い。それなら飲んでやる」

包帯男「ルシファー様!!」

執事は焦りに声を荒げた。

包帯男「何故ですか!!一体何故!?何が貴方をそうさせると言うんだ!!」

ルシファー「何でもイーだろ、放ってろ」

包帯男「このままでは貴方は死んでしまう!!頼むから喰べてくれお願いだ!!ほんの少しでいいからっ……!」

ルシファー「要らねぇっツったら要らねぇんだよホントしつけぇなお前。口出してくんな。お前には関係ねぇ……」

包帯男「関係あります!俺は貴方の執事だ僕(しもべ)だ!!貴方の御身体を健全に保つ義務がある何よりも俺自身絶対に貴方を失いたくはない!!頼むから食してくれ!!何ならこの身を喰らって……!」

ルシファー「要らねぇ。必要ねぇ。お前なんか喰っても吐き気するだけだ。…もーお前下がれよ。呼んでねぇから。この事誰にも話すなよイーな?」

包帯男「……っ、ルシファー様!!!」

そう言って。ルシファーは自分を支えくれていた包帯の執事の手を腕でバッと振り払いふらふらとその場から去って行った。

包帯男「……………っ、っ……!!」

その背を見送って。執事の中で言葉にならぬ激しい思いが蠢いた。
何故……

包帯男「…っ何故なんだルシファー様……何故………何故…………!!貴方らしくもない!!」

俯いた顔、ギリリと噛んだ唇。
力無く下ろされた手がグググっと爪が食い込む程に強く握り締められた。

……あの天使の

包帯男「………………っ、あの天使の所為だ………!!あの天使の………っ何もかも皆!!」

心の底から感じる憎らしさを帯びた声色で執事がそう忌々しげに口にした。

……全ては、あの天使が来てから。
あの天使が来てから主はおかしくなってしまった。何もかも全て。

昔の主はあんな穏やかではなかった。見境なく誰かしらを襲うなんて事はなかったがそれでも。気に入らぬ者、餌と定めた者には容赦はしない。売られた喧嘩は倍にして返し浮かべる笑みの中に氷の様に鋭い牙を潜ませて、じわじわと。果てまで追い詰める獣の様な秀麗さと勇猛さを持っていた。自分はそこに惹かれたのだ、このひとに一生付いて行こう、と。そう思って。実際にそうして来た。なのにだ。

……あんな穏やかな主など見た事は皆無だ。ましてや自らの命を繋ぐ源とも言える、悪魔にとっては重要な糧である食事を断つなんて事…そんな事、永い永い時の中で今まで一度たりともありはしなかったのだ。一度たりとも、だ。なのにーーー。


包帯男「………っ、あの天使の所為でーーーー!」


何があったのかは知らない。けれども当然と言うべきか主は自分の言葉になど全く耳を傾けてはくれない。あのひとは強く強く “自分” を持っているから。こうなってしまってはもうテコでも動かないだろう、このままでは本当に、本当に主はーーーーーー

包帯男「……………………っ、何とかしなくては………何とか………。何とかあのひとを…………!」

けれども方法が浮かばずに。切実な思い。激しい焦りと比例して湧き上がるどうしようもない焦燥感。包帯男もまた、力無くその場を後にして行った。







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