遊びの部屋
□ハロウィン2017
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【終章】
ーーーーー 窓から降り注ぐ柔らかな陽の光。明るい陽射しを、ルシファーは憔悴仕切った瞳でぼんやりと見上げた。
ルシファー「…………………」
空になった自身の私室から。窓の外を見上げるルシファーの月夜色の瞳には、もう。この世のどんな景色も色付いては見えなかった。
“ーーー この書庫頂いていいんですか?本当に?”
“イーよ。あるだけで誰も使っちゃいねぇからな、数だけは揃ってるケド。適当に使えよ。んで色々と覚えろ。アンタ常識無さ過ぎ。机やら椅子やらタンスまで知らねぇとか本気あり得ねぇから”
“う、わぁぁぁ……!ありがとうございますっ!ルーちゃん!!”
“………くっつくな”
“へっへー♪”
ルシファー「…………………」
“………ん?どなたですかね?初めまして…ですよね?”
“うええええ!?ルシファー様!天使拾った、って……ペットにしたって本当だったんですか!?マジか!”
“……コイツもう一匹の俺のペット。外関係の雑用係だよ。イヌって呼んでイーから”
“犬じゃねぇ!俺は狼だ!”
“へー!☆ふさふさのお耳と尻尾!気持ち良さそうですねぇ♪よろしくお願いします、わんこさん☆にこー☆”
“誰がわんこだ!!だから犬じゃねぇって言って……!”
“……おいアンタ。そいつに乗っけてもらえ。その辺の馬よりも速く走るからさコイツ。ちょっとその辺散歩して来い。気分転換だ”
“ほ?いいんですか?”
“いやよくねぇよ!何お前図々しく乗ろうとしてんだ!乗っけねぇかんな!?”
“おいイヌ。さっさと獣化しろ”
“えええええ!?ちょ!勘弁してくれよルシファー様!何で俺が!”
“……主人の言うことが聞けねぇのかイヌ。早くしろよ。丸焼きにして喰われてぇのか。今日の俺の食卓お前が飾るか?”
“………………慎んで散歩させて頂きます………”
“……っ、わぁ……すごい……!おっきな狼さんだぁ…!”
“落っことされんなよアンタ。鈍臭ぇんだから。落ちそうになったら毛引っ張って止まらせろ。何処でも行きてぇとこ走らせりゃイーから。日が落ちる前に戻って来いよ”
“わっかりましたー♪”
“………はぁ……なんで俺がこんな奴と………”
ルシファー「…………………」
脳裏を過るのは、そんな彼女との思い出ばかりだ。
“…っ、あーもー、まぁた負けちゃいましたぁ…。なんで勝てないんですかね私。ルーちゃんに”
“アンタ打ち方が単調過ぎんだよ。目の前のひっくり返せる石の数ばっかに気ぃ取られやがって。何処に置いてどう裏返せば相手が次何処に置いてくるか。先の先まで見越して置けよ。最終的に自分の想定通りの置き方出来りゃ大概は勝てるんだからさ”
“そんなこと!私が分かるわけないじゃないですかー!頭のいいルーちゃんと一緒にしないでくださいよ!”
“まーな。アンタバカだもんな。分かるワケねぇか”
“バカとはなんですかバカとはー!”
“バカじゃんか”
“むっかー!”
ルシファー「…………、…」
ふ…っと。ルシファーは小さく笑った。
彼女との会話は本当に楽しかった。飽きる事なんて何もなかった。
彼女と過ごす時間の全てが…楽しくて。時が経つのを忘れて過ごした。
こんなにも穏やかで楽しい日々は幾世紀生きて来た中でも本当に初めての事で。
かけがえのない、日々であったと………今になって、心の底から。狂おしいまでに…そう、思う。
“ーーーーー……、くしゅん……っ”
“………あー…?……ナニ?寒ぃの?”
“あ………。……ごめんなさいルーちゃん……起こしちゃいました……?”
“や、いーケド……寒ぃなら寒ぃって早く言えよ。ったく世話の焼けるヤツだな………。…………ホラ。コレでもー寒くねぇ?”
“………はい………………ありがとうございます。ルーちゃんの魔力って………ほんと、あったかいですよね……”
“そりゃそーだろーが。火の魔力使ったんだから”
“いえ…そうじゃなくて。………あったかいんです。ルーちゃんの魔力…。ルーちゃんが、って。言った方が正解かもしれませんが…”
“………俺が?………ズレた思考もそこまでいくと賞賛モンだな。アンタホント幸せな奴だよ、世間知らずの天使サマ。騙されて地獄に堕とされても知らねぇぞ”
“本当の事ですよ…本当の……。………確かに私、幸せな奴かもしれません。こんなにあったかいルーちゃんに色々とお世話焼いてもらえてるんですから…………本当に。ありがとうございます、ルーちゃん”
“…………なんだよ気持ち悪ぃな、改まって。寝ぼけて変な夢でも見た?”
“…………………”
“……………ナァ………”
“……、へっへー…♪”
“…………なんでそこで寄ってくんの”
“こうすればもっとあったかいですよーって♪へへへ♪”
“……………ったく……ホント幸せな奴だなアンタ。……ま、抱き枕にゃ丁度イーか…”
“………!…………………、……へへへ……♪”
ルシファー「……………………っ…」
あんな風に……当たり前に触れられていた彼女の温もりは。体は。
………もう、この世界の何処にも存在しない。悲痛に歪められた眉と瞳。
もう二度と、彼女に触れる事は出来はしない。もう二度と………
………彼女の暖かさを、感じる事は…出来は、しないのだ。
何故こんな事になってしまったのか。
……窓枠を握る手がギリリと震える。何故彼女はーーーーー
…………あんな事。起こってしまったのか。
ルシファー「………っ、馬鹿天使が…………っ!!」
こんな力要らない。これ以上力を持って何をどうしろと言うのだ。俺の腹を満たす為?
そんな事。望んでなどいなかった。彼女の為に死を覚悟した事。自分は、一切後悔などしてはいなかったのだから。けれどもそれは彼女にとってはこの上なく辛い現実だった様子で。
……あの日、今にも泣きそうな顔をして自分に喰って掛かって来た彼女の姿を思い出したーーーーー
“なんでなんですかルーちゃんっ!!なんでっ!!”
“何故食べないんですか!?私のこと!!”
ルシファー「……喰える筈、ねぇだろーが………俺がアンタを。喰う気なんざ欠片もなかったのに……なんで…っ、なんで………!」
擦り切れる程に軋む胸に歯をギリリと唸らせて。ルシファーは耐え難い痛みに顔を覆うようにして髪を力の限り掴み握った。
………旨かった。信じられない程。堪らない旨さ。今まで生きて来た中であんなにも旨い食事を自分は知らない。本当に…天にも昇る心地という言葉がぴったりと当て嵌まる様な、そんな極上の旨さ。それが、彼女を食した自分の正直な感想で。
けれどもーーーーそんな風に思ってしまった自分が堪らなく嫌になった。嫌で嫌で、自分で自分を殺したくなる程に憎らしくて嫌。吐き気すら覚える。
他でもない彼女を食してーーー“旨かった” など。こんなにも。こんなにもこんなにもこんなにもこんなにもこんなにも。自身の “悪魔” としての性を…恨んだ事は無い。殺してしまいたい。自分を。自分の手で。死ねばいいのにこんな自分なんざ。
“ーーー それが私の……たった一つの望みなのーーー”
今なら少しだけ……分かる気がするかもしれない。あの魔女が言っていた事。“死にたい” と願った魔女の気持ちが。
……恐らく…というか。魔女と自分の願う意味合いは全く異なるものであるけれども。“自分自身の存在を殺したい”、という気持ちが…何処か。今なら理解出来る気がした。
“……………ねぇ、ルーちゃん…?ルーちゃんは何故、私に………これほどまでに優しく…してくれるんですか?”
“何故?何故食べないんですか……?私のことーーーーー”
ルシファー「………………………バカだよな、俺も。アイツの事言えた口じゃねぇ。誰かに言われて気付くなんて………
………本当に………バカだわ、全く………あり得ねぇ程にバカらし………」
“気付くのが遅過ぎたわホント…………ホント、遅過ぎた…………”
くしゃりと握った腕の隙間から視線を眼下の森へと向けて。……ルシファーは片手をだらりと窓枠に付いたままそう力無く口にした。あの魔女が言った通り
………自分は、きっと。きっと多分、間違いなく。彼女に惚れていたのだろう。彼女を好いていたのだ。だからこそ、彼女の悲しむ顔が見たくはないと。彼女の為に死を覚悟してまで食を経つ事が出来たのだと。……今更になって、やっと…気付いた。
ルシファー「…………………………」
気付いたと同時に居なくなった彼女に。気付いたからこそ……逢いたくて逢いたくて仕方ない。彼女を求めて止まない。この心は。この腕は。こんなにも彼女にーーーー彼女のぬくもりに。触れたくてしょうがない。
ルシファー「…………………………」
力無く部屋へと視線を向けた。その部屋は。“あの時” のまま今も変わらず名残を残していた。
床に落ちたままの彼女の書き置き、千切れた鎖。
彼女が遺していったーーーーー“月夜色が織られた彼女の羽根”
ルシファー「………っ、っ………!!」
床から拾い上げ額へと押し付ける。固く瞑られた瞳。
……やがてルシファーは、窓の外を見つめた。陽の光が明るく燦燦と照らす穏やかな世界。自身の胸の痛みなど知る由も無く、世界は今日も、変わらず回り続けている。
ルシファー「……………、“此処” に居るんだよな………アンタは。何か変な感じ………」
遠く瞳を外へと向けたまま自身の “内部” へと話し掛けた。“食” した事でーーー彼女は自分の中に溶けて消えている。この身の中には…今も。彼女が眠っているのだ。
ルシファー「……………………………」
そっと窓枠へと近付いた。陽の光に照らされた六枚の大翼。
上二対は、白
下二対は、黒
そして新たに増えた真ん中の二対はーーーーー
ーーーー優しくそっと、穏やかに “色” が織られた白。純粋で暖かな色合いが浮かび上がる色混じりの白い翼。
“若草色”
ルシファー「…………………ーーーーーー」
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