徒然会話・小話。(アナザー大罪)
□ほんとあいつよく分かんない。
1ページ/1ページ
ナツメ「…………。……………」
ある日ふと、気付いた。というか感じた。
いつもと同じ、里の修練場で日々の修練をやっている時だった。
ナツメ「あんたなんか…強くなった?」
夏柝「は?」
唐突に横からそう言うと夏柝はそれまで行っていた動作を止めてきょとんとこっちを見てきた。そして問い返してきた。
夏柝「え?どの辺が?」
ナツメ「…どの辺がって言われても……正直分かんないけど、さ。何となく。なんか動きに余裕出てきてるよね、前までそんな動けてなかったろ?あんた。付いてくのがやっとって感じでゼェゼェヒィヒィ言ってさ」
夏柝「………あー…」
思い当たる節にでも、当たったのか。斜め上へと向けた視線。生き者が “何かを思い出す” 時にやる仕草だ、分っかりやすい奴。
夏柝「あれかな…俺よくかなと一緒に一色さん…金の兄さんのとこで修行してるから…かな?力ついた?」
ナツメ「…一色さんって、金の鬼の呼び…名前だよな?あんた名前で呼ぶようになったんだ?」
夏柝「世話なってるから。かなもそう呼んでるしいつのまにか移った」
ナツメ「……ふーん……」
へぇ…こいつも結構、 “外” で色々と自分の世界作っていってるんだなぁ…とか思う。まぁ自分も、奏や姫夢、優李たちと結構楽しくやっているのだけど。
正直、夏柝が “外” でどう過ごしているのかなんて事知らない。“外” にまで一緒に出掛けて行くなんて事あんまりしない…というか、したくないから。
たまに彼方と一緒になって始まりの金の鬼の元で修行をしているっていうのは、周りからの話として聞いていた。夏柝は自分からそう言う事は言わないし自分も特に聞いたりはしない。実際、その光景を自分の目で見たりした事は無かった。
ナツメ「……よくやってるよね。あれだろ?金の鬼の修行って確かめちゃくちゃキッツイって。姐さんがよく言ってる」
夏柝「あー……確かにキツイ…かな。たまに……いや、結構いつも、 “ああ俺死ぬかも” ーって修行の最中に思う」
ナツメ「よくやるよ。あたい絶対嫌だそんなの」
夏柝「けどかなり身には付くんだよ。ここでの修行…取り分け朔兄ぃの修行だって相当キツイし毎度死にそうになってるけど。なんていうか種類?が違うんだよな…教え方ってひとそれぞれ違うんだなって事ほんとに実感する。一色さんのはより実戦的っていうか、身体能力も勿論なんだけど俺に合った戦い方伸ばしてくれる感じ」
ナツメ「ふーん…」
自分に合った戦い方。…あまり、意識した事は無かった。強いて言うなら自分は接近戦よりは比較的遠距離戦の方が得意だ。速さがあるから。姿を消して、相手の死角に回り込んで四方八方から術なり飛び道具なりで攻撃していくという戦法。勿論接近戦も必要とあらばするけれど、遠距離の方がこちらが一方的に優位に立てるし何と言っても楽。だから。
ナツメ「なるほどね。まぁ里はあくまでも “忍び” としての修行が主だから個々での修行もやるっちゃやるけど基本やってる基礎は皆同じだもんね。言って稼業だし」
夏柝「使ってる技の種類も皆違うからなぁ…あ、先祖還りな。総合的実力ってのは目に見えてはっきりはしてるけど個々の特色だけで見たらやっぱ、それぞれ得意としてるとこ違うし?朔兄ぃも “金行使った武器の実体化とかその辺の扱いに関しては俺より恭の方が上手い” って言ってるくらいだから。ある程度自分の得意分野は自分でそれぞれ伸ばす、って努力必要じゃん?」
ナツメ「まぁ当たり前だけどねそこは」
夏柝「でもほら、一色さんってそれこそ “始まりの鬼” だし俺ら程度がやる事なんて当然当たり前としてやってのけるからさ。本人は殆ど何にも考えてないらしいけど天賦の才?なんだろうな。結果として個々の特色伸ばしてくれるんだ。かなもめきめき力付けてる」
ナツメ「へぇ、かなも頑張ってんだねぇ。正味今どっちが上なんだい。かなとあんた」
夏柝「さぁ……どっちかな。よく競争はしてるけど」
ナツメ「いいよねそういう…なんてゆーか。競う相手?ってのが居るのはさ。あたいそういうの意識しないってかそもそも興味無いから良く分かんないよ。別に勝っても負けてもどっちでもいいし」
夏柝「お前天才肌だかんな。教わった事すぐ物に出来るからそういうとこ気にした事ないんだろ?正直羨ましいけど。“悔しい” とか思った事ある?」
ナツメ「ないね」
夏柝「だろうな…」
はぁあ…と、夏柝は深く溜息をつきながら視線を他所へと向けた。ブツブツと…何やら独り言など漏らしている。
自分と一緒にいる時彼はよくこの動きをするけれど、特に気にした事はない。いつも放っている。
ナツメ「調子こかれると普通にムカつくからさ、シメるけど。そんで終わりだ」
夏柝「知ってる。お前はそういう奴だよ。あっさりしてるよな…」
ナツメ「悪い?」
夏柝「いや?ある意味羨ましい」
そう。自分は、勝っただ負けただといった所謂勝負事にはあまり縁が無い。教えられた事は大概一回で出来るし自慢なんてするつもりは欠片も無いが同世代の間で競う相手というものがほぼほぼ居ない。誰よりも先に、自分が修練を物にするから。
大体そもそも、これは自分の性格上なのだが別段負けても悔しいと思う事が無い…と言うか、さして気にもならない。これまで物事に対し熱くなったなんて事記憶の限りでは無い。ぶっちゃけ自分は修行が嫌いだし努力してどう、とか…周りがそれをする分には “うん頑張れ” と素直に応援はするがでもそれがいざ自分…となると、正直勘弁。御免被りたい。泥臭く必死になって何かをする、ということが、自分にはとことん肌に合わないのだ。必要最低限で充分。人生楽して生きていたい。
向上心?何それ。そんなもの無くても生き者生きていけるよ。要は自分がやるべき事さえ出来てたらそれでいいんだろ?って。自分はそう、思う。思ってしまう。熱くなるってどんななのかな?分からない。味わってみたいとも思うし別に…味わわなくていいやとも思う。正直そこも、あんまし興味ない…
ナツメ「…………………なぁ。」
夏柝「…ん?何」
こんな事。訊くのもどうかと思うけど。ふと気になったから訊いた。
ナツメ「なんでそんなに頑張るんだ?」
夏柝「……え?」
案の定、夏柝は戸惑った。
夏柝「……なに…いきなり…」
ナツメ「頑張って強くなって。その先は?」
夏柝「……その先は…って。なに?何だよその質問…」
ナツメ「別に……なんとなく?正直忍びの稼業として生きてくってだけならそんな強さなんて必要ないだろうしさ。敵なんてほぼほぼ居ないし」
夏柝「や…そこはそうだけど……でもいつ何時何が起こるかなんて誰にも分からないんだからさ…強くなって損はない、って…思うけど…。今は特に、反始まりの鬼派とか綻び狩りとか。敵めっさ居るじゃん」
ナツメ「まぁそうだけどさ。正直。めんどくさいんだよねぇ…今よりももっともっと強くなるために日々努力するっていうのが。今んとこ特に不便感じてないし」
夏柝「…………」
何故か夏柝は黙ってこっちを見てるだけだったけど。中途半端だし最後まで言った。
ナツメ「…必要に迫られてからでいいかなーって。強くなるのはさ。必要最低限、その時の問題越えられたらそれでいいって。そう思っちゃうんだよねぇ、あたいは」
夏柝「………守る為だろ」
ナツメ「……え?」
……唐突。本当に唐突に。夏柝が普段殆ど見せる事も無いような真剣な表情で、普段聞く事のない真剣な声色で。そう口にした。思わず目を小さく見開いた。
夏柝「……守る為に、強くなるんだ。いつどこで何があったとしても、自分が大事なものしっかりと守る…“俺が” 守ってやる為に」
ナツメ「……夏柝?」
夏柝「何かあってからじゃ遅いしさ」
そう言って力強く真っ直ぐにこちらを見てくる萌葱色の瞳。普段かなりおっとりとしている夏柝がこんな目を見せるなんて事そう滅多に無い。なにが……
ナツメ「……………」
何が今彼にこの目をさせているのか?夏柝本人にしかそれは分からないけれど。“こんな顔するんだ” って…少しばかり思った。
ナツメ「………夏柝?」
夏柝「………………、…」
ナツメ「…………あんたどした?」
夏柝「……っ、っ……!」
怪訝めにそう声を掛けると、夏柝はハッとして戸惑ったような慌てたような表情を浮かべそっぽを向いた。ちょっと……ほんのりと頬が赤く染まっている。自分で口にした事に気恥ずかしさでも覚えているのだろうか?なんなんだこいつ…ほんとよく分からない……
ナツメ「…………あんた何赤くなってんのさ」
夏柝「……っ、あーもー!何でもない!気にすんな!」
ナツメ「………………変な奴。」
夏柝「うっせ!」
そしてまたいつものボソボソ独り言が始まった。バツが悪そうに、落ち着きなく首の後ろとか触っていたりする。
もう疑問符しか出ないや…
夏柝「……っ、それに…あれじゃん?やっぱ悔しいっていうか……周りが自分より強いと俺も、って、なるから。素直な気持ちだよ。単純に “強くなりたい” って」
ナツメ「それがあたいにはよく分からないんだって。ひとはひと自分は自分だ。まぁ大事なもの守る為ってのは理解はしてるけどね。あたいも里とか…かな、ひめ、ゆいとかに危機が迫ったら守んなきゃーって素直に思うからさ。勿論姐さんも」
夏柝「若草姐さんに関しては朔兄ぃが放ってないけどな。その朔兄ぃの無茶を支えるってのも俺たちの役目だよ。毎度」
ナツメ「見てて微笑ましいけどね。素敵じゃないか大事な女ひとりのためにあそこまで無茶するって。なかなか出来ることじゃないよ」
夏柝『……………俺だってできるよ…お前の為だったら…』
ナツメ「?なんか言ったかい?」
夏柝「何も!」
ナツメ「………?まぁ何でもいいけど。あんたもさ、せっかくそうやって強くなって来てんだから。将来惚れた女出来たらきっちりと守ってやんなよ?さっき宣言したみたいにさ。いつまでもナヨナヨしてないで」
夏柝『…っ…だから…!目の前にそれが居るんだってば…!お前だよお前!このくそ鈍感女……!!』
ナツメ「?あんた何さっきからぶつくさ独り言言ってんだい?気持ち悪い。今日は一段と多いし」
夏柝「……っ、誰のせいで……」
ナツメ「なにさ?」
夏柝「何でもないよっ!ほんと……何で俺こんなやつ……」
ナツメ「…あ。じゃあさ夏柝。あたいと一丁手合わせしてみるかい?どのくらい強くなったのか確かめてあげるよ」
夏柝「!?はぁ?」
ナツメ「掛かってきな」
夏柝「やだよ!やんないよ!」
ナツメ「はぁ?何でさ」
夏柝「なんでって……」
ナツメ「…………」
夏柝「……………、(何でよりによって好きな女と手合わせなんか……俺がお前相手に手なんて出せるわけないだろって。最初から勝負になんてなってないよ……)」
まただ。本当にいつも、ぶつくさ独り言もそうだけど彼はよくじーっと、恨めしそうにこちらを見ながら自分の中だけで何かをぶつぶつと言っている。これ本気ウザい。。
言いたい事があるならばはっきりと言えば良いのに。ほんともう…何でこの男はこんなにナヨいのだろうか。見ていてイライラとしてくる。
ナツメ「………また独り言かい?」
夏柝「え?」
だからはっきりと、言ってやった。
ナツメ「何をまたぼそぼそと独り言ばっか言ってんだよって!言ってんだよこのヘタレ!怖気付いてんのかい?やっぱあんたはいつまで経ってもヘタレのまんまってわけだ!」
夏柝「!?」
ナツメ「このナヨ男!」
夏柝「なっ……!なん…!?」
ナツメ「あんたもっとシャキッとしたらどうなんだい!いっつもいっつもナヨナヨのへのへと!見ててほんっと…イライラするよ!」
夏柝「そっ、そこまで言うことないだろ!?俺だって…」
ナツメ「俺だって?なんだよ!はっきりしな!」
夏柝「……っ(好きな)女相手に本気で手なんて出せるかよ!」
ナツメ「!」
……突然、夏柝がそう声を上げた。
夏柝「…………っ、っ…!」
何だか切実そうな表情、顰めた目。
ナツメ「……………」
夏柝「……っ、っ……」
ナツメ「…………………それっぽいこと……言ってるとこ悪いんだけど。多分まだあんたよりあたいの方が強い……」
夏柝「あー!あーー!知ってるよ!分かってるよ!その通りですよだからこうして…っ、お前よりも強くなろうって頑張ってんじゃんか。言わすな…」
ナツメ「………?何?あんたが競争的意味の敵対心向けてるのってあたいかい?てっきり相手かななんだって思ってたけど……」
夏柝「!?」
ナツメ「悪いけどあたい、そういうの興味ないから。抜かれたところで悔しいとかは思ってやれないよ?」
夏柝「……………あー……うん。もうそれでいいよ。そう思ってろよ……」
ナツメ「………?」
はあぁぁぁ………と。これまで最大級の深く深ぁい溜息を零して夏柝はくるりと身を翻した。
夏柝「………俺続きやってくる。お前もあんまサボってるとそのうち恭兄ぃに注意されるぞ。ほどほどにしとけば?」
そしてそう言って修練へと戻って行った。本当によく分からない奴だ。いきなり声を上げたと思ったら今度は何か意気消沈して……
本気謎。
ナツメ「…………………」
暫らくの間その修練の様子を眺めてた。やっぱり彼は、強くなっている。
心なしか眼差しも変わっている気がした。普段、のっそりとしたどこかつかみ所のない静かな目をしている奴なんだけれども…なんだ。
ーーー“漢の目”。出来るんじゃないか。
ナツメ「…………」
隣のあのナヨっとした幼馴染も少しは強くなったのかな、と。少しだけだけどそう思った。
ーーーーーーーーーーーー
精一杯、夏柝少年の頑張り。けれどもやはり届かずwww