徒然会話・小話。(アナザー大罪)

□地獄篇(※未完。続きはありません笑)
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“好奇心”。それは時として、運命を左右するまでの力を持つ事がある。

かつて國産みの神話の中で神々の始祖たる伊奘諾(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)の袂を永久に別ったのもある意味それであると言えよう。黄泉比良坂(よみひらざか)にて。
一目妻の姿をと、“覗いてはいけない” と言われたにも関わらず黄泉の世界の中を覗いてしまった伊奘諾にその姿を見られた伊邪那美が激怒して深く愛し合っていたとされる二神は完全に別離の道へと歩んだという。

御伽噺の中にしてもそうだ。鶴の恩返し然り、己の中にあった好奇心を抑えきれず破綻した話というものは数知れない。生き者は皆、己の中の好奇心には逆らえぬ存在なのだ。


『………っ一度だけ……!嗚呼、一度だけでいいから……!見てみたい………!!その光景は如何ばかりのものなのか!噂に聞くそれは真なのか!?本当にそんな世界が……この世にはあるのだろうか………!!』

所詮は空想の世界なのだろうか。否、それは無い。だって現に、こうして “目の前に在る” のだから。

『…………————』

ニヤニヤと笑う、三日月型の口元————

『そんな見たいんか?んー……ほんならまぁ…見せたってもええよ。そんかわり』



““通行料”、払ってくれるんならな”



黒い三日月はそう云ってニタリと嗤った。















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彼方「………わー……すっげぇとこ……」

居住区である家の裏手、その敷地内に立つ重厚……
なんて、お世辞にも言えない。ただ少し大きめなだけの至って普通の蔵。その扉の閂と鍵を開け立て付けの悪い扉をギギギと開いた先に見えた光景に絶賛、感嘆とも……若干引き気味とも取れる溜息が面々から零れる。

何て埃臭い所だ!

夢「ここの中こんな風になっていたんですね。書物の数が尋常ではないんですが」

桜華「お師匠様文献とか歴史書なんかを集めるのが趣味なんだよー。一通り読み終えたらまとめてこの中にぽいっ。たまーーに読み返すためとか調べ直すためとかで漁り直すこともあるけど……基本、一度読んだ本はもう一回開く事あんまり無いよね。埃かぶってこの中でお寝んねしてるの」

識水「あはは、良く分かってくれているよね桜華は。僕のこと」

桜華「褒めてないよお師匠様!?ほんとにもー。たまにはお掃除しなきゃダメじゃない!というか。しまい込む時にある程度整理しとかないからこんな状態になるんだよぉ。何処に何があるのかなんてもうさっぱわかんないし!」

姫夢「これが本当の “本の山” というやつですのだ……すごい……」

桜華「平積みした書物が天井近くまで伸びてるとか普通あり得ないからね!?書物は立てて棚に整理する!もう、何のためにわざわざ蔵の中にいっぱい本棚があると思ってるのよー意味ないじゃない!」

識水「入りきらないんだよね書物が多過ぎて。どうしたものかな……」

桜華「棄てなさい!もう読まない書物なら古本商に売るなり譲るなりすればいいんだよー、後生大事に取っとかないで…」

夢「よく集めましたよねここまで。四十年そこいらで集められるものなんですかこの量…」

だって四十年じゃないし。それこそ何世紀に渡ってっていうレベルだし。
という自身の事情は無論周りには伏せてあるのだから識水は勿論それは口にしない。代わりににこにこといつも通りの笑みを貫き通す。

文献や歴史書を集めるのが趣味というのは事実だ、それはひとえに世界のありのままの姿をその目に焼き付ける為。

史実や事実を書き手側の都合に合わせて捻じ曲げて記された文献。それもまた、生き者たちのありのままの姿。自分達側を正当化する為のいわば保身的本能。
一体何をどのようにしてどれだけ捻じ曲げて書いてあるのか、それを読むのもまた一興というものだ。読む度ついつい微笑ましい笑いなども込み上げてくる。

だからこそ一度読んだらもうそれまで。事実とかけ離れた内容などもはや文献ではなく単なる小説の様なものなのだから。楽しむだけ楽しんだらこの書庫に保管して後はもう見ての通り、という事である。

まぁ一応は…せっかく集めた趣味の産物なのだから。毎回自身のその時その時の生の終わりには、それらは消して触らぬ様にと遺言のようなものだけは残して。後にまた、新たな生を始めた時に自分で回収する、という事を繰り返しているうちに少しずつではあるがここまで大量の書物が集まったといった流れ。
そこまで必死になって集めていたわけでもないが、それでも時間だけは余り余る程にあった。から、ここまで集まってきた書物。ある意味自身のこれまでの生の名残ともいえる代物だ。何処か感慨のような感情さえ浮かんでくる。

…と、そんな識水の心境など知る由もない場の者達は、ただただその書物の量と…鼻をつく埃臭さ、そして、まるで整頓など行き届いてはいない中の燦々たる様子に先程これを始めて見た時に感じたある種の圧巻的感覚を未だ引きずっていた。どれだけ衝撃的だったのだろうか。

夢「漫画喫茶なんて軽く越えてますよこれ寧ろ図書館が開ける勢いです。圧巻ですね」

彼方「まんが……なに?それ。夢姉。夢姉の世界の話?」

夢「そうです。漫画……所謂まぁ絵巻物みたいなものですね、それがいっぱい集められていてお茶を飲みながらのんびりと読めるお茶屋さんみたいな所があるんです。何かと需要は多大で」

奏「楽しそうですー♪ねぇねの世界は本当にいろんなものがあって素敵ですよね、一度行ってみたいですかなちゃ…私」

夢「あらゆる趣向が揃っている事は否定しませんね。今言った場所もそういうものが好きな方には堪らない場所らしいです。私はあまり利用した事はありませんが」

そんなつらつらと会話を交わす彼らの手に持たれているのはハタキや箒、雑巾、水の汲まれた木桶。

頭にはお揃いの三角巾を被って。紫陽花寺の凄腕服職人である紫に作って貰ったお揃いのエプロン。首にはこれまた揃いの、埃から気管支を守る為顔へと着ける布が巻かれている。
喘息持ちである夢は、更にその上から白髪の彼女によって埃を遮断する為の術が施されていた。これから行う事への備えは万全だ。

本日はこの埃天国な蔵……もとい。“書物の墓場”とも呼べる場所の復活祭。大掃除という一大イベントである。


夏柝「……何で俺まで……ほんと、来る時間違えた……」

彼方「なつ俺と一緒に修行しようとして来ただけだったもんな(笑)そこに折良くかなとひめが来たって感じで」

夢「男手が必要だったんですよこれ女の子の力だけでは動かし辛いものもありますから。お師匠様の腕力では頼りになりませんし」

識水「あはは、言い訳の余地もないね。非力で申し訳ない」

夏柝「桜華ちゃんが居るじゃんか。その辺の男なんかよりはよっぽど怪力だと思うけど?」

桜華「私か弱い女の子だもーん☆重たい本の山なんて持てないし動かせないよー☆」

夏柝「よく言う…」

桜華「大体たまたま夏柝くんが彼方くんと一緒に居たからお流れになっただけでお里に依頼出しに行こうかどうしようかってお話してたくらいなんだからー。男手貸してくださいって」

夏柝「それなら俺より呉兄ぃの方が向いてるよこういうのは。呉兄ぃ掃除とかめちゃくちゃきっちりしてるから。埃なんて一つも残さないし書物もそれこそ完璧に種類とか分けて整理してくれるよ、呼んで来ようか?依頼なんか通さなくて直接。」

桜華「いや。いい。夏柝くんでいい。呉葉くんとか絶対口うるさいんだもん。あーでもないこーでもないって箒の掃き方から雑巾掛けの仕方まで逐一指示出して来そう。タチの悪いお姑さんみたいな」

夢「あまりお話した事はありませんがたしかに巫女様と会話しているのを聞いている限りではかなり細かい性格をしていてそうですね、あの方。そもそも雰囲気がとっつきにくいです、かなちゃんとひめちゃんが怖がるような物言いをする方はこちらとしてもお断りです」

夏柝「救世主さんがそれ言う?人のこと言えないと思うけど…」

夢「私もそう思います」

夏柝「認めるんだ……」

桜華「夢ちゃんは可愛いし優しいよー♪パッと見じゃ分からないかもしれないけど私だぁいすきだもん♪」

姫夢「ひめも母さま大好きですのだー♪」

奏「かなちゃ…私も大好きですー♪」

彼方「俺もー♪」

夢「…可愛すぎですか、私の愛娘と愛弟くんは。可愛すぎですね。何ですかこれもうお掃除とかどうでもいいです今はとにかくこの子たちぎゅーしてしまくって愛でまくらないと気が済みません花さん、銀杏さん。後は任せました諸々宜しくお願いしますぎゅー」

桜華「真顔できゃら崩壊してるよ夢ちゃん現実に戻って(笑)三人が可愛いのはすっごく良く分かるし私もめちゃくちゃ可愛いとは思うけど取り敢えず今はお掃除、だよ。これ終わらせないと明日も明後日も埃まみれになる末路なんだから(笑)」

識水「お手数お掛けして申し訳ないね皆。僕も出来る限りの事はするから手助けしてくれると助かるな」

桜華「お師匠様はあんまり頑張らないで!お仕事増えちゃうんだから本の山ひっくり返したり桶倒しちゃったりして!」

識水「え?そんなことしないよ?掃除する箇所増えてしまうじゃないか」

桜華「してるんだってばいつもいつもー!おドジはここでは出さないで!」

夏柝「聞きしに勝る天然だな桜華ちゃんの師匠さん……右京さんとどっちが上かな……」

夢「どっちでもいいですよとっとと終わらせます。でないと可愛い三人を愛でられないじゃないですかこのままでは私が発狂しそうです」

夏柝「俺今日で救世主さんの印象かなり変わったよ……親ばかなんだな、聞いて見て知ってた以上にさ」

識水「書き手さんがかなり勝手してるね」

桜華「そういうこと言わないよお師匠様そういうの “めたはつげん” っていうんだって。結さんに怒られちゃうよ」

識水「あはは、それは恐ろしいね。彼女を怒らせるのは精神的によろしくない」

夢「事象的にも、ですけどね。ではちゃっちゃとやっちゃいましょうかなちゃん、ひめちゃん、お掃除のお時間ですよ」

奏「頑張りますー☆」

姫夢「ですのだー☆」


兎にも角にも一世一代の大掃除は開始された……だがしかし。

一体全体何処からどう手を付ければいいのやら……取り敢えず手分けして手前の山から順に書物を外へと出していく者、書物の埃を取って天日干しする者、識水に指示を仰ぎながら種類別に仕分けする者、空いた蔵の箇所を掃除していく者……と。各々が役割を分担して作業をこなす事にした。

書物を外へと運び出すのは男手である彼方と夏柝の役目。皆、テキパキと協力し合って順々に作業を進めていった。時折、
“あ、これ懐かしいな”
なんて言葉を口にしながら久方ぶりに見た書物につい目を通そうとする所謂“大掃除あるある”をしでかそうとする識水に桜華、並びに夢からの喝が飛んだりなんかもして。

和気藹々とした空気が、掃除日和な晴れ空の下で流れていった。











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——————





————もう一度見たい、見たい。

見たい………!!!


まさかあれ程の光景だとは思わなかった。この世にあんな世界が存在していただなんて————!!

所謂空想の中の話として、だけれども。聞いていた以上だ…!
実に素晴らしかった!!是が非でももう一度、あの光景をこの目に焼き付けたい!!

どうにかしてもう一度見に行けないものか!?
…生きているという実感がする。これ程までに自身の “生” を感じたのは初めてだ!この感動をもう一度…もう一度味わいたい!

あの “光景” は何処までも己にとっては魅力的だった!もう一度見たい!見たい!!見たい!!!

……だがしかし。どうすればいい?“あれ” はもうあちらへと帰ってしまった。再び “道” を繋いで貰う事など出来はしない。どうするか……



——————そうだ……と。男は思った。

無いならば作れば良いのだ。自分で。

“あれ” が “道” を拓くところはこの目で見た。やれる。自分ならばやれる、それだけの “力” がこの自分には備わっているのだ、行く事が出来ないのならば、自分が、この手で………


“道” を……切り開けば、良いのだ——————そう呟いた男は狂気じみた目を見開いて小さく笑った。微笑って、嗤って。




『……………………』


……業火の灼炎を背に。そんな男の光景を“視”ていた黒い三日月が、ニタリと歪んだ。


『阿保やなぁほんま…。……けど、普通におもろいわ』


ククククっと、心底愉快げに肩が揺らされた。









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