徒然会話・小話。(アナザー大罪)

□裏切り者は誰だ
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いつも通りの風景に、いつも通りの営業。いつも通り往来は賑やかな活気に溢れ。

そんな、極々いつも通りのとある昼時に。その男はやって来た。


「————“忍び”に繋いでくれ」

「………???」


暖簾を潜り入って来た客の気配に“いらっしゃい!”と、明るく掛けた声と笑顔はその後の男の第一声により呆気へと変わる。

「…………は?え……忍び……?一体何…」

「誤魔化しは不要だ。この“萬屋”がかの“忍び”と繋がっている事はもう既に知っているんだ、“裏の話”がしたい。忍びを呼んでくれ。ここはその“仲介所”だろう?」

「……………」

男の言葉が理解出来ない様な顔をして、目を丸めて。仲介役の里衆は無言で男を見た。
動揺や詮索などといった本来の顔の動きは完全に仮面の下へと隠して、一瞬のうちに。頭の中だけをフル稼働させる。

………何故、それを知っている……?
厳密には若干の誤差はある。此処は“忍びとの仲介所”ではなくて“忍びの前線拠点”そのもの。自分も“仲介所に居る只の仲介人”などではなく実際に男が連絡を取りたがっている“忍び”の中の一人、だ。その“若干の誤差”は、けれど内容の意味的には全く別物へと変化する“絶大な相違”ではあるものの。

………重要なのはそこではない。や、ある意味そこも重要ではあるが。“本当の事実”を知るのと知らないのとでは正に天地の差がある。前者ならもう詰みだ。直ぐ様他に誰か同行者の居ない事を確認した上で男の意識を奪い里に連行し男の“尋問”と背景の“調査”が開始される————のだが、幸いにも今回は後者。

後者ならまだ幾許かの余裕がある。男をこのまま泳がせて、それとなく情報を引き出す為の余裕が。

…この男は一体何者だ……?羽織でそれとなく隠してはいるが羽振りの良さげな高級な身なり。何処かの大店の主か?それとも高貴な身分を持つ國の官僚か。

………何にせよ


「……………、………。。」


ここで隙を作る訳にはいかない。

絶対に出せない。動揺は元より、うっかりと出そうになる“忍びの顔”だけは——

「………………えーっと………お客さん?いきなり何言ってんだ?あんた…入る店間違ってねぇか…?」

何食わぬ顔で。完璧に“何も知らない店主”の顔を演じる。されど男も引かない。

「誤魔化しは不要だと言ってる。さっさと繋いでくれ。私は早く依頼がしたい」

「や、だからさぁ…いきなり何言ってんだって、あんた……うちは萬屋…何でも屋っつってな?手助けが必要な事何でも請負いますよー、一回気軽に相談してねーって。そういう店で…」

「…まさか合言葉的な何かが必要なのか……?くっ、それは聞いていない……!此処に来ればいいとしか……!」

こちらの話など一切聞く耳を持たずして男はブツブツとそう呟いている。
その呟きは全て、里衆の耳へと入った。

「………。………んー………えっと……お客さん、ひょっとしてあれかな?何かそういう……“怪しい仕事を秘密裏に依頼する会話”的なのを一回してみたいとかっていう……そういう感じの依頼か……?それならそうと最初に言ってくれりゃ、俺も楽しくノってやれんだけど……」

「……別に必要なかろう?合言葉など。此処が奴らとの仲介所であるという事を事前に知ってこうやって出向いているんだ。承知しているだけで充分。早く繋いでくれ」

「やー……だからぁ…さぁ……お客さん?」

「早くしろ」

「………」

そこまでのやり取りを経て、里衆は一度押し黙った。
そして今度は、若干苛立った様な“素振り”を瞳へと乗せてじっとりと男を見た。

「………あのさぁお客さん……いや、おにーさんよ。俺の話聞いてるか?」

「……」

意味の分からない文言を一方的に並び立てる客に、俄に苛立っている店主————の、演技で。

「この店は萬屋。しがねぇ只の何でも屋だ。“お客さんにはニコニコ笑顔で”を心掛けてやって(営業して)るが訳の分かんねぇ勘違い引っ提げてそんな高圧的な態度取って来る奴を果たして客と呼んでいいもんかどうかなぁ…あんた“客”か?」

「………成程、それが“合言葉”なのか?ならば“客”だ。裏仕事の方のな」

「だぁから。人の話聞けって。合言葉だのなんだの訳分かんねぇ事ばっか言ってねぇでさ。忍びってあれだろ?なんか物騒な内容の頼みを依頼として取引してくれるとかいう怪しげな集団。盗みとか殺しとかそういうおっかねぇ類いの依頼でも金さえ払えば引き受けてくれるとかっていう。風の噂程度には聞いた事はあるよ、俺もさ。実際見た事はねぇしそいつらに会った事があるなんて話も聞いた事はねぇが」

「……………」

じっと黙って、男はこちらの話を聞いている。不穏な空気はそのままで。

「……で、だ。こっからが大事な話だにーさん。ちゃんと聞いてくれよ?」

「………必要なら…」

「うちも今でこそ何人も常連さん抱えてそこそこ上手くやってけてはいるが“何でも屋”なんつー珍しい商売は最初は結構怪しまれたりしてなかなか客がつかねぇモンだ。実際に今でも一元さんとかは恐る恐る警戒した雰囲気で入って来る。そんな商売に何が必要かっての分かるか?」

「……」

「“信用”だ。この商売“信用”が無きゃ何にも出来ねぇ。うちを利用してくれてる客の中には店の手伝いだの子供の世話だのといった自分らの“生活に深く関わる部分”を頼んでくるお人らもそれなりに居てな。そんなお客さんは、俺らの事信用して任せて来てくれてんだ。店番にしろ子供の世話にしろ信用もしてねぇ赤の他人に頼む奴が居るか?居ねぇだろ。ここはそういった、“お客との間の信用”で成り立つ店だ。俺らもそれを矜持としてやってる」

「……………」

こちらの言葉に、取引に繋がりそうな文句でも探しているのだろうか……男はずっと、黙って話を聞いている。

……今のこの話に、そんなものは一切無いのであるが。

「なのに、だ。そんなおっかねぇ…殺しだの何だのといった物騒な事する輩と繋がってるなんてヤバイ話がうちに立ってみろ、瞬間閑古鳥だ。立派な営業妨害だぜこれは。“そういったやり取りを一回会話してみたい”とかいう可愛らしい依頼なら俺もすんなりとノってやったけどよ。おにーさん、そうじゃねぇな?ハナっから完全に勘違いしていやがる。それならもう間違いなく店違いだ、客じゃねぇなら出てってくんな」

「………。そんな筈は無い。此処が奴らとの仲介所であるという確固たる情報を手に入れて私は此処へ来たんだ。間違いなどある筈がない。私を品定めしているのか知らんが金なら腐るほどある。何なら前金でも払って……」

「だーから!違うっつってんだろしつけぇお人だな。これ以上お宅の妄想に付き合ってる暇なんざねぇよ、こんな物騒な話万が一店の外に聞かれちゃあ瞬く間に噂が上っちまう。営業妨害だよ帰ってくれ」

「っ……私に何が足りていないんだ!奴らは報酬で依頼を請負うのだろう!?金ならあると言って……!」

「だからお宅の!勘違い!だ!つって!何回も言ってんだろ!?頼むからほんともう帰ってくれよ……今すぐ怒鳴り付けて追い出してぇ所だがそんなの隣近所に聞かれたらそれもまた変な噂立つだろうが…。“ニコニコして話しやすい面白優しい相談窓口のおじさん”目指してやってるってのにさぁ俺ぁ……怒鳴り散らしてるとこなんか見られたらこれまでの努力が水の泡。印象まるっと変わっちまうよ……勘弁してくれよほんとさぁ……」

…と、真剣に参った表情をしてぶつくさと文句を呟きながら里衆ははあぁ……と盛大な溜息を零した。

その“演技”が本当に何も知らない店主に見えてくれたのか、男にも漸く困惑の表情が芽生え始めた。声色に戸惑いの色が滲み始める。

「………、そんな…私が手に入れた情報が間違っていたと言うのか……?いや有り得ない。そんな筈は……!」

「………勘違いしてんのやっと理解してくれたかね?なら回れ右してちゃんとあんたの目的の店を探してくれ。ご来店誠にありがとうございました……」

「、私に何かが足りていないのだと言う事は分かった。情報をもう一度詳しく確認してまた来る。次こそは奴らに繋いでくれ」

「………。妄想癖もそこまでいくとすげぇなにーさんよ。あんた役者さん向いてんじゃねぇか?一度歌舞伎座の門潜ってみるといいよ」

そう言って呆れた表情をした里衆に一度も目を合わせる事なく、男は口惜しそうな表情でブツブツと言葉を呟きながら暖簾の外へと消えて行った。




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