アナザー大罪ー綻び狩りの章ー

□始まりの木の鬼の“綻び”
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簡単な事なんだから。



自分なんか、守っても仕方のないものなんだから。



簡単な事じゃないか。



彼らが、彼がこれ以上の重荷を背負わずに済むのならば。

大切な人達を、守れるのならば。

自分が嫌だと思う事を。
その願いを止める事など。

簡単な、事じゃないかーーーー




若草「………」

感情を殺した濡れ葉色の瞳をスっと細めて、若草は音も無く駆け出した。

向かう先はただ一つ。
“綻び狩り”。それを目的として動く術士達。

草木達が教えてくれた。不穏な言動と共に自分の “綻び” である彼を探し回っている者達が居るという事を。

““始まりの鬼” 本人を切り崩すのが難しいのならば、それをこの世に縛り付けている “綻び” を始末してしまえば良い” と。

“そうすれば自ずと、“始まりの鬼” が自ら居場所を無くして根源へと舞い戻ってくれるだろう” と。

彼は世間に姿を晒し過ぎたから。
これまでは仕事以外では大きく力を振るう事など無かった筈なのに。

……何処までも自分が。
自分が居るせいで、自分のせいで。

迷惑をかけ続けた。重荷を背負わせ過ぎたから。

“隠れ里” に住まう一族として、世間からその存在をひた隠しに暮らして来た彼だったのに。

優しい月下美人。こんな “存在そのものが間違い” な自分の為なんかに、その身を晒して。動いてくれるから。辛い事から守ってくれるから。

“守り手” なんて、世間から呼ばれさせてしまうようになった。

“群青色の風” と。“常に始まりの木の鬼の“傍”に居る存在” として、認識されさせてしまった。

……始まりの木の鬼である自分の “大切”ーーー“綻び”なのだと。知られてしまった。

若草(させないですよ。彼に手を出すなんてこと。絶対に許さない)

“コイツを付け狙う全ての奴を狩り殺ってやる” と。そう言ってくれた。

ならば、自分も。

彼を付け狙う全ての者達を、根絶やしにしてみせる。

彼がもうこれ以上無益な血を吸わずに済むように。

重い枷に、苦しまずに済むように。

自分を付け狙う全ての者達も含めて、自分で何とかするしかないのだから。


………簡単な事じゃないか。

とてもとても、簡単な事じゃないかーーーー





「ッッ!!??」

突如として目の前に現れた “始まりの木の鬼” に、綻び狩りである術士達は目を見張って驚愕を彩った。

“……ッ何故こいつが此処に!!?” と慌てふためく様を冷めた瞳で見渡して。告げる。

若草「……綻び狩りの皆さんですよね?させませんよ?」

途端。
有無を言わさず高められた強大な気。
辺りの木々を大きくしならせ放たれた強大な気に、一瞬で術士達の顔が青ざめる。

何故。大元である “始まりの木の鬼” 本人が突然この場所に現れたのか。

何故。自分達が行おうとしていたそれを知っているのか。

……何故。今、自分達は。
圧倒的な力の前に、ただただ混乱を期しているのかーーー。


考えれば分かる、至極簡単な事。
けれども突如として向けられた強大な畏れに、そんな単純な思考すらも働く余裕は無く。

訳が分からぬといった様子で。動く事が出来ない、頭の中は真っ白になって。

ただただその辺り一帯を覆う次元の違う力の前に、術士達は固まった。

若草「……………」

“始まりの木の鬼” が静かに手を翳した。

術が来る、と。分かってはいるものの、体は思うようには動かない。

まるで金縛りにあったかの様に。
その流れる様な一挙一動を眺めているだけ。避けようという気も起きやしない。ただされるがまま、成されるがままを受け入れるかの様に茫然と、その光景を視界に映す。

若草「………死んでください。」

そして、小さくそう呟いて。
目の前の命を摘み取ろうと、若草が手の先に込めた気を手放した、途端。


ーーー視界を横切ったのは一つの黒い影。
若草と術士達の間に立ちはだかったその影は、放たれた術を打ち消そうと咄嗟に術を放った。


朔馬「ーーーッ、ッッッ!!!」


けれども容赦無く命を絶つ為に放たれた “始まりの木の鬼” の術を受け切る事など出来はせずに。

遮る様に打ち立てた分厚い土の壁を木っ端微塵に打ち砕いた術をまともに喰らって、朔馬は術士達の間を抜け勢い良く後方へと吹き飛ばされ、其処にあった木の幹に強く体を打ち付けた。

若草「…………、ぇ……」

術が巻き起こした風の余韻と舞う砂塵に長い若草色の髪を揺らして。
目を疑う様にその姿を見つめ、若草がボソリと呟いた。

若草「……………さっちゃん……?」

朔馬「……ッ、」

打ち付けられた痛みと何よりも受けた術にぐったりと木にもたれかかったまま座り込む朔馬をただただ茫然と視界に捉えて。


……一体、何が起こったと言うのか?

何故彼が此処に居る?
一体何故こうなった?
自分は今、一体何をした?

術を向けた先は術士達だった筈だ。
“綻び狩り” なんて馬鹿げた事をしようとしている術士達を、この手で。

殺める為に術を使った。なのにどうして?

視界の先で自分が放ったその術を喰らいぐったりと座り込んでいるのは、誰よりも愛しい彼。何よりも大切な存在。

おかしい。目の前の光景が理解出来ない。
自分が?自分がやったのか?

守ろうとしたその存在を、自分の術が。


自分が放った術が、彼を、傷付けた……?


朔馬「………、ッ…」

ゴフッと嫌な咳を一つ零した朔馬の口から、真っ赤な血が吐き出された。

ふらりと一歩前へ出た足。それを皮切りに、タッと地を蹴った若草がすぐさま朔馬の元へと駆け寄った。

若草「ーーーっさっちゃん!?しっかりしてください!さっちゃん!!?」

朔馬「…………、アンタ今何しようとしたの…?」

若草「……!」

俯かせていた顔を静かに上げて、苦痛に歪む月夜色の瞳がそう問い掛ける。

額から流れ落ちる血は打ち付けた時に負った傷だろう。
同じ様に口から流れ出る血。内臓にも傷を負っているのか?傷だらけの体。そのどれもこれもが、自分が放った術が与えた傷……

若草「……っ、なんで、なんで邪魔したりしたんですか…?なんで……!」

朔馬「アンタが意味分かんねぇ事しようとしてたからだろーが!何しようとしてたんだよ!?アイツら殺そうとしてたんじゃねぇのか!?アンタのその手で!もう誰も殺したり傷いけたりしたくねぇっツってたアンタが!何でそんな事する必要があるんだよ!?言ってみろ!」

若草「………っ、だって……!」

泣きそうな表情で言葉を詰まらせて、若草は続けた。

若草「だってしょうがないじゃないですか!私がしなきゃ!私がそれをすれば、もうさっちゃんに無駄な殺生させなくて済むじゃないですか!守れるじゃないですか!他でもないさっちゃんを!負が与える影響が苦しいんでしょう!?辛いんでしょう!?だったら私がやりますよ!これ以上さっちゃんに辛い思いさせるくらいなら、私が全て片付けますよ!!」

朔馬「そんな事する必要ねぇっツったろーが!アンタが出来ねぇ事は俺らがやってやるっツってんだよ!アンタはもう無駄に命奪うな!大罪で懲りたんだろーが!引っ込んでろよ!!」

若草「そうはいきませんよ!!さっちゃんが苦しがってるとこ、もう見たくありませんよ!!私のせいでさっちゃんが苦しい思いしてるなんて、耐えられません!!」

朔馬「そんなのどーだってイーんだよ!!苦しんでるとこ見たくねぇのは俺だって同じだ!!」

若草「!?さっちゃん!?」

痛む胸を押さえてそう声を荒げていた朔馬が、目の前で屈む若草を押し退ける様にしてふらりと立ち上がった。

ズキリと痛む体。苦痛に目を顰めながら、朔馬が若草の前へと立つ。

朔馬「……アンタは下がってろよ。コイツらの目的は俺だろ?俺が始末する」

若草「そんな体で何言ってんですか!私がやりますよ!!さっちゃんこそ下がっててくださいよ!!元々私が見つけた獲物なんですから、私が片付けます!」

朔馬「何が “私の獲物” だ。無理して体張ってんじゃねぇよ。言っとくケドコイツらの動き里も把握してるからな?俺が今ここに居るのも探り入れてたからだよ。まさか見つけたコイツらとアンタが対峙してるなんて夢にも思ってなかったケドな」

若草「……!?お里が…!?」

ーーーそう。里としても近頃その動きを活発にしてきた “綻び狩り” の動向については目を光らせているのもあって。

接触して来ない限りは放置して泳がせているのだけれども。いざ事が生じれば速やかに対処出来る様、その動きと情報は常に把握しようと各地に里の者を配置させていた。
朔馬も仕事の合間にその情報収集を行なっていたのだけれど、まさか若草がその場に居て、あまつさえその手に掛けようとしていたなどと。
驚かされたのはこちらの方だ。

朔馬「何かしら接触した “綻び狩り” については情報引き出す以外は生かして帰すなって沙汰だ。これは俺の仕事だ。引っ込んでろ」

若草「それとこれとは話が違いますってば!私がやります!」

朔馬「まだ言ってんのか!」

若草「何度でも言いますよ!!」

「………っ、ふ…はは…ははははは!!」

若草「!?」

そんなやり取りを交わしていた自分達の後ろで、俄かに。
二人の会話を聞いているうちにその理性が戻って来たのだろう術士の一人が、愉快げな笑い声を上げた。




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