book T

□僕の恋人は黒い猫
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一日の始まりに彼を起こすのは私の大事な役目。
伏せた睫毛に、眼と鼻の間の窪みと、普段苦悶するように顰められがちな両方の眉が、緩やかに下がり、薄く開いた形の良い唇からは規則正しい息が静かに吐き出される。
それをずっと傍らで見ているのも大好きだけれど。


「・・・ん。おはよ、う。名無しさん。」
『おはようテンゾウ君』

やっぱり、黒目がちな両方の瞳で私を見てくれる時、が、一番好き。




薄く髭が伸びたテンゾウ君の頬に、自分の頬を軽く擦り付ける。
この優越感といったら、ない。
暗部の精鋭、眼力で射殺すと言われる彼が、ベットで緊張感なく四肢を投げ出せるのは、私が傍に居るからだ、と自画自賛。

くすぐったい。なんていいながら右手の人差し指と中指で、優しく頬から顎を撫でられて、思わず声が出てしまう私。
「お腹すいてるんだろ?ご飯にしようか。」
起きてすぐ朝食の話だなんて。
もう少し2人でこうしていたいのに。相変わらず鈍いオトコ。
ま、そこが良いんだけど。


タンクトップ姿の彼は上半身をベットで起こし、一度大きく背伸びをすると、ベットの上で丸まっているスウェットの上着を取り上げ腕を通す。のを、いつもの如く見上げる。

私の枕になってくれていた上腕二頭筋が、大胸筋が、
さりげない哀愁を感じさせる広背筋が、僧帽筋が、
紺色の上着に包まれて隠れてしまうのが、なんて惜しい。
暗部装束のインナーのようにぴったりとした素材であれば、敢えての隠された肉体美とか、ちらリズムに色っぽさを感じるんだけど、
ああ、でも、顎まで覆い隠すインナーは、私の大好きな、テンゾウ君の胸鎖乳突筋を隠しちゃうから、考えものでもある。

過不足なく、必然をもって備えられた肉体美にクラクラしそう。ほんとにテンゾウ君ったら罪な男。


・・・いやいや。決していやらしい眼で見ているだけではなくて、
任務で怪我していないかとか、どこかのくのいちにちょっかい出された跡がないか、とか、その為の大事なボディチェックも兼ねてるんだから。
と、自分で自分に言い訳してみる。


でも、チェックしたところで、結局私には何もできやしないのだけど。






「名無しさん?何?君はいつもあらぬ方向見てるけど、何か居るのかい?」

『あなたを見てるんだってば。テンゾウ君。』

楽しそうに笑って、ベットの上の私を軽々とやさしく抱きあげる、彼。
テンゾウ君の、顔のアップ。黒目がちな瞳に吸い込まれそうになる。ここ数日、午前様の任務が多かったからか、眼の下にあるクマを発見。少しかさついた形の良い唇と、鼻筋が私の頬に当たった。
テンゾウ君の匂い、体温、優しい手。

でも、私が望むのは、こんな子供を宥めすかすような触れかたじゃ、ない。
もっとちゃんと私を見て欲しいのに。
どうしたって越えられない壁がある。
同じベットで裸同然で寝ていたって、苦しくて苦しくて。
悲しくて。

貴方の指がどれだけ優しく動くのか知っているし、
睫毛の一本一本まで数えられる距離にいる。
少し乾燥しがちな唇から零れる、甘くて低い声がたまに掠れるのが心地よいのだって知っているのに、

私の声が彼に届かないのには、理由がある。

「ん?どうしたの?」

勝手知ったるテンゾウ君の掌に翻弄されて、堪らず零れる、声。


『ニァーン。』


「はは。猫が何もないところをじっと見ている時はなにか“視えて”る時なんだって誰か言ってたな。名無しさん、何が視えてるの?」

宥めすかす様に背筋に這わされた大きな手は、丁寧に毛並みを撫でる。



私が私の望む立ち位置で居られないのは、

私が

猫だから。
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