コンクール用

□天使の配達
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「手紙、また来た」
 外の気温とそう大差ない寒さの部屋に上がり、ストーブのスイッチを押す。温風が出てくるまで俺とマックスは二人揃ってストーブの前に立ち、体を小刻みに揺らす。
 テーブルに置いた封筒に視線を移してマックスは言った。

「また来ましたか」

「宛名もなし、住所もなし」

「誰でしょうね?」
 長い腕を伸ばして封筒を手に取る。表は郵便局で貼られた紙が反り返っているだけで、裏には俺たちの部屋の住所と、やはり俺の名と彼の名が書いてあるだけだ。

「ジュンペイの名前は漢字で書いてありますけど、僕の名前はカタカナですよ」

「ふーん」

「ファーストネームが書いてありません」

「そこ重要?」
 不服だったのか、口を尖らせてマックスは口を開いた。

「送る相手の名前を書かないことは、ないと思うのです」

「じゃ、俺宛?」

「そうかもしれない」
 ぶわっと音を吐き出しながら灯油ストーブが生暖かい風を送り出した。
 しゃがみ込んでかじかんだ指先に温風を当てると、じわっと赤くなった指がしびれた。マックスが足を浮かせて吹出口に足裏を当てている。

「友香(ゆか)ちゃんだったりして?」
 経済学部にいる憧れの友香ちゃん。茶色の髪を頭の上でダンゴにしている元気な笑顔が素敵な彼女。額が少し広いのがたまに傷だが笑うと出てくるえくぼが可愛い。
 俺は彼女を思い浮かべてにやりと口角を上げるとマックスの顔を覗いた。

「友香さんからのラヴレターでしょうか」

「ああ、そうだ。きっと彼女だ」

「彼女は封筒の書き方を知らない人ですか?」

「ああ、きっと知らない。俺宛なら開けてみようぜ」
 にやけながら手を差し出して封筒をせがむと、俺の言葉の真意に険しい表情をしたマックスは手紙を頭の上に上げた。

「ダメです」
 百八十は優に超える身長のこの男は、凹凸のある顔に部屋の明かりの影を落とし俺を睨む。目が暗い影に覆われて見えないのだから、凄みが増して怖い。

「大天使ガブリエルよ。お前はなぜそんなに堅いんだ?」

「僕は天使ではありませんし、固くもありません」
 いや、その顔は悪魔かもしれない。
 俺は友香ちゃんが送ったであろうラヴレターを取り返すために、彼の足先を熱されたストーブの吹出口に押し付けた。

「あうっ―!」
 何語なのかよくわからない言葉で叫ぶと悪魔はより一層恐ろしい顔をして目をむく。怯んだ姿を誤魔化すように「かてぇよ、カチカチだ」と口にするとマックスはまた面倒な質問を投げかけた。

「何が固いんですか? 僕はあまり筋肉がありません」
 後悔しても遅い。話を振ったのは俺の方なのだ。鼻で大きく息を吐くと、頭が堅いという言葉の意味を説明し始めた。

「考えが狭いとか、面白くないとか、余裕がないとか…かな」

「僕の頭は、堅くありません!」
 貶(けな)されたと感じたのか、憤慨したスイス人の彼は大股でキッチンへ行ってしまった。
 親切に教えてあげた俺の手には開けてはいけない手紙だけが残った。
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