コンクール用
□天使の配達
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「どこに行くの?」
俺は彼女の声をどこにいても聞き分けられる。
「スイスです。僕の家ですよ」
「スイス? いいなぁ、私も行きたい」
彼女の弾むような声は俺の耳からするっと入り、体全身を温かくした。
「友香ちゃん!」
振り向いて彼女を視界に入れる。今日も可愛い。
暖かそうなダッフルコートは丈が短く、ショートパンツから出ているすらっとした足を一層長く見せている。流行りのムートンのショートブーツは少し派手めな黄色いブーツで友香ちゃんのお洒落度を上げているのだ。お洒落に手を抜かない彼女が溜まらなく可愛い。
「星野君も行くの?」
「いや、どうしようかな」
「ジュンペイ、行かないって言いましたよ。それに変な顔してる」
マックスの憎まれ口を無視して、友香ちゃんとの会話に集中する。
「行かないの?」
「いやぁ、遠いしねぇ」
煮え切らない俺の言葉を「それ何?」と軽く遮(さえぎ)り、友香ちゃんはテーブルに整列している手紙や小包を差した。俺の伸びた鼻の下は友香ちゃんの少し冷たい視線によって急ブレーキがかけられた。
彼女は掲示板の張り紙のことを知っているらしく、たくさんあって大変そうだとマックスを心配した。
外国人はモテるというが、マックスは別だ。
彼は身長はあるが筋肉はあまりない。笑うと丸い肉が頬にコブを作り、大きな目がしわしわになって顔からなくなる。せっかくの高い鼻は少し左に傾いていて、あごは外国人特有の尻のような割れ目がある。腕も胸も毛で覆われているし、何よりお洒落ではない。今日もデニムに何の特徴もない黒い長袖のTシャツを着て、足は青いスポーツブランドのスニーカーという出立ちだ。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。僕、旅行は好きですから」
さわやかに答えるマックスを見て、友香ちゃんが微笑みながら頷く。
だが、困ったことに彼らは、生まれ持った長い手足とそのメリハリのあるルックスでお洒落の欠片もないその姿をやたら格好良く見せる生き物だということだ。マックスがモジャモジャで良かった。これで毛がなかったらこのスイス人も俺の敵となっただろう。
「ちゃんと届けろよ、マックス」
テーブルの上の配達物に視線を戻しながら彼に激励を送るも、俺の思考はあごの割れ目がチャーミングだと日本人が感じる日も近いのかもしれないという危機感を頭から振り払うことに必死だった。
「ジュンペイ、ちゃんとって、どういう意味ですか?」
ふいの質問に眉を上げる。
「え? きちんとってことだよ」
「きちんとって、どういう意味ですか?」
「きちんとって、きちんとだよ」
「きちんとって、動詞ですか?」
彼と話す時はきちんとした日本語を使わなければならない。きちんとした日本語。正確な日本語という意味か。
俺は意地悪な気持ち半分でマックスに優しげに言う。
「辞書で調べてみなよ。ちゃんと載ってるぜ」
「ちゃんと、ですか?」
俺の珍しい言い草に不気味さを感じたのかマックスはそそくさとバッグから辞書を出して広げ始めた。
「あのさ、友香ちゃん」
愛しの友香ちゃんとの時間を邪魔する迷子の天使は自分の世界に帰って行った。
俺は彼女にだけ聞こえるように小声で囁いた。
「手紙、俺にくれたりした?」
頭のダンゴを揺らして友香ちゃんは首を振る。
「宛名の書いていない手紙が届くんだよね」
犯人はわかっているんだ。俺はにやけそうになる顔を必死に抑えた。
「えー? 私じゃないよ。なんで私が星野君に手紙送るのぉ?」