コンクール用
□天使の配達
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「彼女ではありませんでしたね」
ふんと鼻を鳴らして俺はマックスの言葉を受け流した。彼の手にはもう一つの封筒が握られていた。
三通目の間違い手紙である。
友香ちゃんでないのならこの手紙は誰が送ったものなのだろうか。
部屋のテーブルに置いてある他の二つの封筒と一緒に三つの名無し手紙を手に取り、じっくりと観察する。
宛名部分には何かを書いたような形跡はない。消しゴムで消したような跡も見当たらない。真っ新のままの表部分。裏の差出人の所にはこの部屋の住所と俺の名が漢字で書かれていて、俺の名前の下にガブリエルとだけカタカナで書かれている。
「これ、糊付けされてるぜ」
新しい発見の声にストーブの前に陣取っていたマックスは、読んでいたドイツ語の本を傾けて俺を見上げた。
「海苔寿司?」
「糊付け!」
「ノリスケ?」
誰だ、それは。
はっきりと発音しても彼は首を横に折るだけで意味が伝わらないようだ。彼に伝える時はきちんとした日本語を使わなければならない。糊付けという言葉はきちんとしていないのか。正確な日本語のはずだが、俺はマックスにわかるように理解できる単語を選んだ。
「名前の書いてある紙を封筒に糊で貼ってるってこと」
一つの封筒を手に取り、マックスは差出人の場所の不自然さに「本当ですね」と顔をしかめた。
「この紙、変な形に切られてる」
よく見ると長方形の用紙の一部分だけ四角く切り取られているようだった。ガブリエルと書かれた部分の前の一部が取り除かれている。
「どういうことでしょうか?」
マックスは宛名も住所もない手紙の意味を考え、目を細めている。
切手の貼っていない手紙は宛先には配達されず、差出人に返される。
だが、宛先も宛名も書いていない手紙に切手が貼ってあったとしても、宛先不明で差出人に戻されるだろう。当たり前だ、宛先が書いていないのだから。送り先がわからないのなら、送った人間の元に返されるだろう。
この仕組みを知らない誰かということだろうか。
「スイスでも宛先が書いていなかったら戻されるのか?」
俺の質問にマックスは即座に答えた。
「戻されると思います。僕は返されたことがないですが、おそらく」
「おそらく?」
「はい、おそらく」
最近覚えた単語なのだろう。嬉しそうに口を曲げている。おそらくって言葉、普段使わないが面白いから黙っておこう。
「そうかぁ」
外国でも郵便の仕組みは変わらないだろう。
でも、ドがつくほど田舎ならどうだろうか。山々に囲まれた土地に住む人は口笛で意思の疎通を図ると以前テレビで見たことがあった。郵送手段がないのだ。
「初めての手紙とか?」
「切手が買えない、とか?」
「文字が書けないとか?」
独り言のように互いに頭に浮かんだ可能性を口にする。俺が言う『とか?』が気に入ったのか、彼も同じ言い回しで答えを探していく。
「日本語が書けない、とか?」
宛名のない手紙の差出人はメモ紙を貼ったものだった。そのメモ紙は一部だけ必要ないものとして切り取られ、綺麗に封筒に糊付けされている。
「ジュンペイ! この人、日本人ではありませんよ」
抽選で一等を引き当てたかと思うぐらいの大きな声を出してマックスは言い放った。答えを見つけ出したことの喜びにこぶしを握り締める。やり甲斐のある仕事を終わらせたような達成感に「やっ―!」と何語かわからない歓声を上げた。
「なぁ、マックス。俺、この字に見覚えがあるんだけど」
雨の音が鳴る寒い夜、「あっ、そう」というマックスのお決まりの台詞が部屋に響いた。