コンクール用

□天使の配達
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「誰からの手紙?」

 彼に尋ねる時はきちんとした日本語を使わなければならない。

「わかりません」

「差出人のところに書いてある名前だよ。誰から?」
 封筒を眺めて彼は首を傾げる。

「サシダシ? サシダシ人ってどんな人ですか?」
 薄い茶色の目がくるりと回り、くっきりとした立派な眉をくいと上げて俺を見る。彼に尋ねる時は簡単に、そしてわかりやすく伝えなければならない。

「封筒の裏に書いてある名前だよ」
 苛立ちを口調に含めないように気を付けて俺は口を開く。彼は封筒をひっくり返してうまく読めない日本語をたどたどしく口に出した。

「星野順平(ほしのじゅんぺい)」

「俺じゃん」

「はい、ジュンペイですね」
 はい、どうぞと封筒を差し出す彼は高い鼻の先と頬を赤くして寒そうに肩をすくめた。
 受け取った手紙には彼が言ったように俺の名前も書いてあるが、彼の名も並んでいた。しかも、書いてある場所は封筒の裏、差出人を書く所だ。

「俺たちが出した手紙のようだけど」

「そうですか」
 彼はアパート横の花壇に積もった雪を手の中で丸め、アルミのポストの上にのせて満足そうに微笑んでいた。

「マックス、手紙を出したのか?」

「いいえ、出していません」

「ガブリエル。君の名前だろ?」

「そうです。僕の名前です」

「切手を貼り忘れてる」
 切手のない封筒は送り先には届かない。郵便局で貼られた白い紙が雪を運ぶ冷たい風になびいてパタパタと忙しく動いている。切手を貼ってからポストに投函するようにという注意書きをマックスに見せると、難しい顔をして首を振った。

「僕は手紙を出していません」

「俺も出してない」

「じゃ、間違い手紙です」
 確かに間違い電話という言葉は存在するが、手紙には応用できないようだ。日本語としてはおかしい言い回しだが、彼は日本人ではないのだ。ユニークな日本語でも伝えたいことは理解できる。

「そうかもな」
 切手のない封筒は差出人のところへ戻されてしまったということだろう。だが肝心の差出人である俺たちに心当たりはない。

「自分の名前も間違えたのか、どこまで馬鹿なんだ」

「馬鹿はどこまで行けますか?」
 俺の独り言にマックスが反応する。面倒な質問でなければいいと毎度思うが、面倒でない質問だった試しがない。

 彼はスイスからの留学生で、世界で使われる多くの言語の中でも難しいと言われる日本語を勉強している俺のルームメイトだが、もっぱら日本語は大学の教師ではなく俺から学んでいると言っても過言ではない。

「どこまでも」
 馬鹿の程度なんてきっとどこまでもあるに違いない。俺はにやにやと顔を崩して封筒を表に返した。
 そこには郵便局からの注意書き以外何も書いていなかった。宛名のない手紙。住所の明記もない。やはり間違い手紙ということか。

「馬鹿って人はすごいのですねぇ」
 ポストの上が小さな白い団子で覆われている。団子を積むマックスはどこまでも行ける馬鹿という人物について感心したようにつぶやいた。

「おいおい、そこのお馬鹿さん。月見でもすんのか?」

「月見! いいですね。僕、知っていますよ月見。月と団子と酒」

「秋だよ、月見は。こんな雪の中、月なんて見えねぇって」
 マックスは白い空を見上げ、残念そうに「そうですか」と言った後、今度は頬を丸くして笑顔を作ると「馬鹿な人は、月見しますか?」と聞いた。
 真冬の寒空の中、雪で作った団子を重ね、カンカンに熱した熱燗で乾杯。

「ああ、馬鹿な奴ならするかもね」
 想像すると楽しそうだ。俺の言葉に満足げにマックスは頷いた。

「あっ、そう」
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