風絶幻夢 下

□後日譚
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今日も、縁側に寄り添って空を眺める。
大坂にある、桂の別邸のひとつ。
そこを借りて、夜尋と平助は生活していた。
穏やかの日々の中、暇な時間に二人はこうして縁側に座る。
そして、新選組で過ごしたあの日々を、忘れないよう互いに思い出す。
「──夜尋が屋根の上から降ってきたときは、正直怖かったよ」
「え…あたしが?」
日向ぼっこにも似た、二人の回想。
本日の話題は、油小路事変のこと。
「いや、おまえが斬られたらどうしようって」
「それは…あたしだって平助が心配で…」
もちろん、あの戦場に入っていくのには勇気が必要だった。
多勢に無勢で、御陵衛士に勝ち目は無かったのだから。
「平助を助けたくて……助けられなかったけど」
あの夜の後悔は、今でも薄まることはない。
隣に座る平助の胸元には、その時の傷跡が残っている。
傍にいながら守れなかった自分が情けなくて仕方ない。
「いや、おまえは助けてくれたよ」
「……」
平助の言葉は、夜尋には気休めのようにしか聞こえなかった。
それでも彼は続ける。
「夜尋が叫んでくれなきゃ、オレは背中から斬られてた」
「……」
嫌な想像が夜尋の脳裏をかすめた。
「そのまま、オレは死ぬまで戦ってたと思う」
背中を斬られるのは、武士としての誇りが許さない。
だとしたら、自分はそこで戦い抜いて死ぬことを選んだだろう。
「それに、左之さんたちも大っぴらにはオレたちを助けられなかったわけだし」
「平助…」
平助はあの一瞬に、そんなことを考えていたのだと思った。
武士として戦って果てる、己の末路を。
「あ、そうだ夜尋」
「?」
不意に平助が立ち上がり、部屋の中に戻っていく。
「……」
今離れられると、かなり寂しいのだが。
…傍にいて欲しいという空気を読んでいただきたい。
「これ、おまえに見せたかったんだ」
縁側に戻ってきた平助の手のひらに、小さな包が乗っている。
「開けてみてくれ」
「……」
そう言われ、夜尋は指先でそっと包を開けた。
「わぁ…」
中から出てきたのは、ビー玉ほどの大きさの硝子細工(がらすざいく)。
透き通るような桃色で、可愛らしい兎が形作られている。
「すごい、綺麗」
「だろ?こないだ店で見つけたんだ」
誇らしそうに笑う平助。
夜尋は目を輝かせて小さな兎を見つめた。
「他にも、犬とか鼠とか猿とか…蛇もあったな」
彼の口から出てくる動物たちに、夜尋は首をかしげる。
「…干支?」
「うん、どれにしようか悩んだけど、この兎が一番可愛いと思ってさ」
「……」
わざわざ一番"可愛いもの"を選んでくる平助のほうが可愛い。
などと思ってしまい、自然と笑みがこぼれた。
「…おまえに食わせたいと思ってさ」
「え……!?」
そう言うと同時に、平助はひょいと兎をつまみ、夜尋の口に押し込む。
「!?」
ぽかんと開いていた口に、それは簡単に放り込まれてしまう。
「……甘い」
とろけるような甘さが、口の中に広がった。
「飴細工だからな」
「飴!?」
「硝子だと思ってただろ」
平助は悪戯っぽく笑う。
「さ…先に言え!びっくりしただろ!!」
「悪い悪い、気付かない夜尋が可愛くって」
「…可愛いのはどっちだよ」
飴を口の中で転がしながら、夜尋はぼそっと呟いた。
「うまいか?」
期待を隠さない瞳で、平助が顔を覗き込んでくる。
「うん」
夜尋はこくりと頷いた。
「そうか、じゃあ今からその店行かねぇか?」
「今から?」
まだ午前中だし、時間はたっぷりある。
しかし、今すぐというのは急すぎるんじゃないだろうか。
「飴細工以外にも色々あるんだ!饅頭とか餅とかもあるんだぜ!!」
「……」
平助の目がこの上なく輝いている。
「…行く」
興味半分、勢い負け半分。
夜尋は、もう一度頷いた。
 
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