†Only My Kiss†

□Oath.01
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「お疲れ様でしたー。」
重たい裏口のドアを開けて、暗い景色に少し目をこらす。
バイト帰りの夜は、いつも通りの涼しい帰り道。
瞬く星は、何かを照らすこともなく夜を越える。

…そろそろ飽きてきた。

もう、やめてしまってもいいだろうか。

……そろそろ飽きてきた。

やりたいことも、やり残したこともない。

………そろそろ死んだって、いいんじゃないか。

誰も悲しまない、誰も、泣いてなんかくれない。
友達もいないし、家族も特に悲しんではくれないだろう。

母親が再婚した相手は、芽実のことを特別嫌っていた。
そして、息苦しい生活に追い打ちをかけるような、母親の妊娠。
居場所を失った芽実は、中学卒業とともに家を出た。
さして高くない家賃のアパートを借りて、バイトで稼いで暮らしている。
親との関わりは、無いに等しくなっていった。
顔も見たことがない弟妹が、もうすぐ生まれようとしているのだろう。
きっと温かい家庭で。


雲が空を覆い、月と星を隠す。
辺りはいっそう暗くなった。
コツコツと響くのは、芽実の足音だけだった。

街灯の近くにさしかかった時、芽実はふと足を止めた。
少し向こうに、人影が見える。
その人影に、なぜかとても背筋が震えた。
人影は少しずつ歩み寄ってくる。
街灯の下まで来て、その姿がはっきり見えた。
学ランを脱いで腰に巻き、そこへ刀を差している少年。
その学ランは、芽実が通う日比谷学園高等部の男子制服だった。
高校生にしては小さい体に、重たく揺れる日本刀。
そして、その瞳は迷わず芽実をとらえていた。
…こいつ、危ない!
芽実がそう感じるのに時間はかからなかった。
が、芽実が後ずさろうとした刹那、
「!?」
さっきまで数メートル先にいた少年が、眼前にいた。
髪が触れ合うような距離。
「え…?」
芽実が状況を判断するより先に、少年は刀を抜き、右足を一歩引いた。
街灯に照らされて、白銀の刃が煌めく。
星よりはっきり、月より明るく。
その刃は、まっすぐに芽実を貫いた。
心臓が一瞬止まり、激しく鼓動を打つ。
熱い刃が傷口を削りながら抜けていく。
放たれたそれは、少年の手を軸に血の軌道を描いた。
ピシャリと地面を染める紅。
それと同時に、芽実の体は崩れるように地面をなめる。
体中が冷たくて、傷口だけが熱い。
痛みが、流れ出る血とともに意識を奪っていく。

…あたし、死ぬの?

直面した死に、恐怖が溢れてくる。
死にたくない、怖い。
今になって、そんな感情が溢れてきた。
「いや…」
かろうじて口が言葉を発した瞬間、
「おいしそうな魂だね」
後ろから声が聞こえてきた。
「…誰…助けて…」
後ろにいる誰かに、芽実は訴える。

…あたし、超かっこわるい。
芽実は自分自身に少し呆れた。
さっきまで、死んでもいいとか思ってくせに。
いざ死にそうになって、死にたくないとか…。

「うん、助けてあげる。だから…」
誰かの腕が芽実の体を引き寄せる。

「僕と、契約しよう」

完全に意識がなくなる寸前、唇に何かが触れた。
甘く噛まれるような感覚。
そして芽実の意識は、完全に途切れた。

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