†Only My Kiss†

□Oath.08
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週末開けの月曜日。
世界は何事もなかったかのように回る。
実際、世界に変わったことは起きていない。
芽実の周りがほんの少し狂ったに過ぎないのだ。

芽実はクリーニングしたての制服に腕を通す。
いつも通りの朝だ。
「………」
何となくベランダに出て、隣の部屋をのぞいてみる。
いつからかは知らないが、唯牙は芽実の隣の部屋に住んでいた。
そして、きっと芽実を部屋まで運ぶためにここを使ったのだろう。
…敷居を大破するというのは、ちょっと乱暴すぎるけれど。
「…寝てる…?」
部屋のカーテンは閉まっていて、中に人影らしいものも見えない。
悪魔は生活時間が人間と違うのだろうか。
そんなことを考えつつ、芽実は部屋に戻る。
午前7時58分。
そろそろ学校に向かおう。
だいたい15〜20分で学校には着く。
…今日は、帰ったらバイトだ。

少し肌寒い朝。
落ち葉を踏みながら歩く。
芽実はふと立ち止まって、道路を眺めた。
ここは、この間芽実が死んだ場所。
よく見ると、地面に少しシミが残っていた。

…あたしの血だ。

芽実はくるりときびすを返し、道を変えて登校することにした。
なんとなく、あの場所には近づきたくない。
いや、なんとなくではなく、怖いからだ。
鮮明によみがえる、あの夜の記憶が、とても怖いから。
どうせなら、記憶を消してしまいたい。
何も知らずに1年過ごして、終わりにしたい。
でも、きっとそれじゃ駄目だ。
自分の思い残しも、悔いも、何一つ分からないままは嫌だ。

…なんで、こんなことになったんだろう。


学校に着いたのは、8時25分だった。
本鈴ぎりぎりな時間だ。
遠回りしたせいで、思わぬタイムロスをくらってしまった。

教室に入る一歩手前。
芽実は気持ちを切り替えて、冷たい瞳をつくる。
気を許せば、取り込まれるから。
邪気にまみれた、生徒たちの眼に。
「チャイム鳴るぞ〜。さっさと座れ」
担任が来て号令をかける。
いつもなら本鈴が鳴った後に来るものなのに。
今日はなんだか来るのが早い。
好奇心旺盛な生徒たちは、その原因を知っているらしい。
「転校生来るらしいよ〜」
「まじ!?男?女?」
「男だって!」
「うわっ!超気になるっ」
「地味男だったら?」
「最悪」
などと女子生徒たちがはしゃいでいる。
その反面、芽実はというと、その転校生に心底同情していた。
なぜなら、今、この教室で空いている席は芽実の隣のみだからだ。
自分で思うのもなんだが、転校早々かわいそうな奴。
…あたしの隣の席なんて。
クラスメイトたちはそのことをすっかり忘れて、新たな仲間に興味を抱く。
どうせ後から思い出して急に空気を重くするに違いない。
もううんざりだ、と思った。
「静かに、ってまぁ無理な話か。もういい、入れ」
ガラッと扉を開けて、新しそうな制服を身にまとった生徒が教室に入ってくる。
芽実はなるべく誰とも目を合わせないように窓の外を眺めていた。
気づけば前の席の奏士も、興味なさそうに肘をついていた。
…そういえば、巴も、転校してきた日から席が替わってないな。
もう何度か席替えがあったはずだ。
なんでこいつの席は変わっていないのだろう。
くじ運が死ぬほど悪いのだろうか。
今更になって、そんなことを疑問に思っていた。その時、
「わぁっ!金髪!?」
「外人!?」
教室が突然ざわつき始めた。
…金髪?
茶色い木の葉を眺めながら、芽実は唯牙を思い浮かべていた。
「あ、これ、地毛だよ」
「まじでぇぇ!?」
さらに騒がしくなる教室。
…そうえば、あいつもこんな声だった。
今さっきの転校生の声が、妙に耳に残っている。
少しハスキーで、幼さを残したままの…。
…ん?…金髪で…この声……。
「依剣 唯牙です。よろしくお願いします」
「!?!?」
芽実は瞬時に視点を窓の外から教卓の方へ移動させた。
もう間違いない。唯牙だ。
「えーと、一応日本人です」
…なんで、こいつが学校に?
っていうかそもそも、唯牙は170歳(ぐらい)だったはず…。
高校生ってレベルじゃないし…。
驚きと共に、色々とツッ込みたかった。
「で、座席なんだが…」
担任がその話題を出した瞬間、教室の空気が一気に重くなる。
…やっぱり。
芽実は再び窓の外に視線を移した。
「席替え、するか?まだ11月なってねぇけど」
担任の提案に、いくつかの反対の声が上がる。
「……」
唯牙はしばらく黙って状況をみていたが、やがて、
「僕の席、ここだよね」
と言って芽実の隣の席の席に座った。
芽実はそのまま窓の外に視線を泳がせ、
「これが、あたしだよ」
と、唯牙にだけ聞こえるような声で呟いた。
「……メグ…」

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