風絶幻夢 上

□第伍幕
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近藤の提案により、沖田と手合わせすることとなった夜尋。
男臭い道場で、大勢の隊士の注目を浴びながら、夜尋は沖田と向き合っていた。
おそらくこれが、入隊試験のようなものだろう。
使い物にならなければ捨てる、ということだろうか。
夜尋にしてみては、捨てられてもそう困ることはない。
が、ここまで来てやめるなんてことは絶対にしたくなかった。
「始めっ!!――」
審判を務めるのは永倉。
夜尋は紅蓮と翡翠を返してもらい、それを武器に戦うことになった。
当初は木刀で勝負する予定だったが、夜尋は二刀流を使うため、真剣での勝負となった。
「僕に傷を付けられたら、君の勝ちだよ」
相変わらず挑発したような様子で沖田は言う。
「っ…」
夜尋は彼の隙を必死に探すが、どこにも見つからない。
へらへらしているようで、全く隙を見せなかった。
このまま見合っていても仕方ない。
「はぁぁっ!!!」
夜尋はまっすぐ地を蹴った。
急速に相手との距離を詰める。
そして、沖田と刀が交わる寸前、
「っ!」
右足で方向転換し、左側へ回り込む。
「へぇ」
なおも沖田は楽しそうに、夜尋が繰り出す攻撃を次から次へ受け流す。
「まだっ!!」
二本の剣を器用に扱って、夜尋はすばやく打ち込む。
が、沖田は楽々とその速さについてきた。
夜尋は一度距離をとって、息を吐いた。

「…速ぇ」
見物していた原田が思わず感嘆の声を漏らした。
「でも、力が足りていない」
斎藤は夜尋たちから目を離さずに言う。
確かに、夜尋の動きはとても素早い。
だが、片手で扱う分どうしても力負けしてしまう。
鍔迫り合いに持ち込まないよう、上手く運んでいるが…。
「くっ…」
どの攻撃も沖田には簡単にあしらわれてしまう。
このままでは体力が保たない。
夜尋はもう一度刀を構え直した。
…次を、最後の一撃にする。
最大の力を込めて、一気に打ち込む。
「……」
沖田は口元を歪めたまま見下ろすように夜尋を見ている。

――絶対に、負けない!!

「やぁぁぁぁっ!!」
先ほどと同様、正面から真っ向勝負をかける。
沖田は一瞬つまらなさそうな顔を見せた。
…超!むかつく!!!
理由は分からないけれど、夜尋はこの人が嫌いだった。
否、理由ならたくさんあるような気もする。
何より、桂と戦って生きているというのがいらついた。
「たぁっ!」
沖田とぶつかり合う直前で、今度は前へ飛び出した。
夜尋の身体がふわりと飛び上がって、沖田の真上で一回転する。
「なっ…!?」
さすがの沖田もこれには驚いた様子。
夜尋は沖田の真後ろへ着地すると、即座に右手の紅蓮をふるった。
「――っ」
瞬時に反応した沖田がそれをはじき飛ばす。
が、それは夜尋の想定内だった。
「!?」
夜尋は左手に持っていた翡翠を沖田に向けて突き出した。
翡翠の刃は沖田の頬をかすめて、紅い線を刻む。
「…………………」
道場が沈黙に包まれた。
「はぁっ…はぁっ…」
夜尋の呼吸で、翡翠の刃先が揺らいでいる。
「……」
沖田の表情からは余裕が消えていた。
ただ目を見開いて、瞳には何も映していなかった。
頬ににじむ鈍い痛みが、時を止めたように沖田の頭に静寂を灯す。
夜尋は沖田を見据えて、息を整えた。
「傷…付けたら勝ち…なんですよね」
まだ荒い呼吸で、夜尋は沖田に問う。
それに反応したのは、沖田ではなく永倉だった。
「い、一本!!緋月夜尋!」
我に返って、試合終了の合図を出す。
「……」
ぼんやりと我に返った沖田は夜尋と目があった。
「勝ちましたよ」
夜尋は刀を下ろして、わざと挑発するような目で言う。
その一言で、沖田の眉間にしわが寄った。
超不機嫌そうに沖田は刀を下ろすと、
「僕、君のこと大嫌いだよ」
そう言い残して、道場から出て行った。
「別に好かれたいとか思ってないっての」
夜尋がひとりでそう呟くと同時に、
「やったなー、平助弐号!!」
原田が夜尋に駆け寄ってきた。
「総司から一本取るなんて、普通じゃありえねーよ」
見物していた他の隊士たちも、夜尋を褒めてくれる。
なんだか嬉しくて、夜尋の口元が自然に和らいだ。
それとともに、少し気になることがあった。
「っていうか、その『平助弐号』って何?」
さっきから気になってはいたが、なかなか言い出す間がなかったのだ。
「あー平助だよ。おまえと同い年ぐらいの奴」
「へぇ〜?」
そんなこと言われてもさっぱりだ。
「あいつ、池田屋で怪我しちまって、まだ寝てんだよ」
「ふ〜ん?」
その『平助』って人を見れば分かるかな。
なんだか面倒くさくなって、それ以上が聞かないことにした。
でも、何かが引っかかる。
…池田屋…怪我…夜尋と同い年くらい…。
あともう少し手がかりがあればすっきりする気がするのだが。
「緋月くん」
後ろから声をかけられる。
この声は、近藤の声だ。
そう思いながら夜尋は振り返った。
予想通り、そこには近藤と、土方が立っていた。
「君の正式な入隊を許可する。配属は追々伝えよう」
近藤は優しく笑った。
「あ…ありがとうございます!!」
夜尋は深々と頭を下げた。
けもの道へ踏み出すような気持ちだったが、なるようになるだろう。
きっとその先の光は、あの人。
――桂さん、あたし、がんばります。
しっかり新選組の内情を探って、必ずやあなたの元へ。
だからどうか、無事でいてください――。

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