Tactics~また逢おう,君が覚えていなくても~

□最終章
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数日後。

肌寒さを残して、雪が跡形もなく溶けた街の中。


天那は、永泉寺へと赴いていた。



「……」


寺の門から覗き込むと、境内に綺琉が立っていた。

箒を片手に、ぼんやりと空を眺めている。


「きっ…綺琉さん」


恐る恐る声をかけると、彼はゆっくり視線を地上に戻す。


「あぁ、お前か」


綺琉は天那を見ると、本堂に隣接する屋敷を指した。


「怜祥ならもう起きてるぞ」
「っ!…ありがとうございますっ」


そう言うやいなや、天那は屋敷に駆け出す。

怜祥の部屋には行ったことがあるので、覚えていた。




「───怜祥!!」


部屋のふすまを勢い良く開け放つ。

怜祥は、布団に座って本を読んでいた。


「…天那さん!?」


弾かれたように顔を上げた怜祥が、読んでいた本を取り落とす。


「怜祥…怜祥っ!」


勢いのまま怜祥の首に抱きつき、その顔を胸に包んだ。


「あっあの…天那さん……」


目を見開いたままの怜祥が、胸の中でもごもごと何か言う。

でも、天那には聞こえていなかった。


「怜祥っ…うぅ…っ」


言いたいことがありすぎて、全部涙に変わってしまう。


泣きながら、天那は怜祥を強く抱きしめた。

今ここに生きている彼を、確かめるように。


「天那さん、落ち着いてください」


怜祥が天那を押し戻すと、彼女は子供のように泣いていた。

とめどない雫を、両手で必死に拭っている。


「天那さん…」


どれだけの緊張を湛えて来たのだろう。

自分のことながら、生きてて良かったなぁなどと思ってしまった。


「ごめん…怜祥、ごめんなさい…っ」


泣きじゃくる天那は、俯いて顔を上げてくれない。


「泣かないでください、天那さん…」


彼女の瞳を濡らす涙を、着物の袖で拭いてやる。

すると少しだけ、天那は顔を上げた。


「僕は人の慰め方を知りません、だから…」


髪を撫で、しゃくりあげる肩に手を置く。


「…泣き止んでください」


そして、天那の唇にそっと口付けをした。


「っ…!!」


天那の涙が止む、呼吸も止まる。

見開いた目には、目を閉じた怜祥の顔が映っていた。

長い睫毛が、触れそうなくらい近くにある。


「…あ、泣き止みましたね」


一瞬で離れていった、唇の温かさ。


「……………」


それ以上に心臓が、頭が熱かった。


「れ…怜祥……!?」
「はい」


怜祥は何事もなかったかのようににっこり笑っている。


「天那さんが無事で、良かったです」


花のように咲いたその微笑みは、何よりも儚くて。

簡単に消えてしまいそうで。


…失わなくて良かったと、心から思う。



「あたしが無事でも、怜祥が生きてなきゃ意味ないよ…」


誰かに救われた命ほど、重たいものはない。

その誰かが消えてしまえば更に。


「生きていますよ」


その声に頷いて、天那は立ち上がった。


「ありがとう、怜祥」


その瞳に、もう涙は残っていない。

歩き出す勇気だけを宿して。



「また、逢おうね」



次は、未来で。


居るべき場所で、逢うべき人たちに───。



───再び、笑って逢うために。




 
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