*Short Story*
□君は紅の季節
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──秋。
木々は葉を枯らし、紅葉が舞い散る。
世界が、赤く染まる季節。
「…ふぅ」
袴の袖をまくって、箒を握りなおす。
掃いても掃いても、境内は枯葉だらけ。
かなり集めたけれど、後から後から紅葉が降ってくる。
「……」
気が遠くなりそうな掃除の手を止め、一息ついた。
賽銭箱の隣に腰掛け、目を閉じる。
肌を撫でる風が、冷たくて心地よい。
ここ壬(みずのえ)神社は、秋になると紅葉で埋め尽くされる。
山の中に立てられ、もうすっかり廃れてしまった神社。
参拝に来る人はほとんどいない。
──秋は、好きだ。
秋の景色は、赤くて深い。
紅葉に埋もれたこの山が、何より気持ちいい。
「……ん」
夢に誘われかけた意識を戻し、立ち上がる。
気分転換に、山の中を歩こう。
小さな頃から馴染みのある、神社を囲む山。
ここで、幾度迷子になっただろう。
でも今はもう、迷うことは無い。
木々の色や姿、全て覚えてしまった。
「……」
この山の中心に値する場所。
そこには、一番大きな紅葉の樹がある。
空を囲んでしまうほどの、巨大な樹。
──そして、見つける。
「あ……」
紅葉の樹の幹に触れて、佇む少女。
少女は祈るように瞳を伏せていた。
「……」
一面の紅葉に包まれて、少女の髪が揺れる。
紅葉に似た赤茶色の髪。
朱色の着物を纏い、秋の景色に溶けるような…。
「あっ」
こちらに気付いた少女が、小さく声を上げた。
「…なんでこんな所にいるんだ?」
ここは、普段誰も寄り付かない壬神社の敷地。
まして山奥など、女がひとりで来るような場所ではない。
「紅葉が、綺麗で」
少女は唇を薄く開いて言った。
「毎年、秋になるとここへ来るのです」
「…そうか」
「貴方は?」
小さく微笑んで、少女は問いかける。
「俺は、ここの神社の掃除をしていただけだ」
「そうですか、それは大変そうですね」
「まったくだ。終わる気がしない」
呆れたようにため息をつくと、何故か少女は申し訳なさそうな顔をした。
「それはすみません…」
「…?…どうして謝るんだ?」
「あっ…いえ、なんでもありません」
「?」
不思議な雰囲気を放つ少女。
彼女は、降り注ぐ紅葉の中から一際赤いものを拾った。
「お名前、教えていただいてもよろしいですか?」
「…壬 天馬(みずのえ てんま)」
言われるがまま名乗る天馬に、少女は紅葉を差し出す。
「…?」
「私は、夕蘭(ゆうらん)と申します」
彼女が差し出す紅葉に誘われるかのように、天馬は歩を進めた。
「どうぞ」
手の届くほど近づいた距離で、夕蘭の声が波紋のように広がる。
「…なんで紅葉?」
「お近づきの印に」
「……」
印と言っても、辺り一面に落ちているのだが。
「天馬さん、秋はお好きですか?」
「……好きだ。季節の中で一番」
「本当ですか?」
夕蘭は嬉しそうに口元を和らげた。
「じゃあ、紅葉は好きですか?」
今度は少し照れたように、頬を赤らめて尋ねてくる。
「…紅葉は……」
天馬は視界を彩る紅葉に目を向けた。
まるで舞い踊るように、散っては風に揺れる赤。
地へ落ちるまでの一瞬を、楽しそうに繰り返す。
「…紅葉は、秋だ」
何故か素直になれなかった天馬に、夕蘭は微笑んでいた。