*Short Story*

□欠けては満ちて
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──私たちは、ふたりでひとつ。



「急げっ!月乃!!」
「ま、まってよ依月ぃ〜っ」

穏やかな春の朝。

小鳥のさえずる音を掻き消して、二人の声が響く。


「行ってきます、母さん、父さん」

少年は、両親の写真に向かって微笑んだ。

満留 依月(みちる いづき)、高校1年生。


「い…いってきます、お母さん、お父さん…」

少女が、着かけの制服でスクールバッグを引きずってくる。

満留 月乃(みちる つきの)、同じく高校1年生。


瓜二つの、二卵性双生児だ。

見分け方は、月乃の腰まである黒髪。
依月は、普通のショートカット。


「おい、リボンずれてる」

依月は月乃の胸元のリボンを結びなおす。
その間に、月乃はスカートのチャックを閉め、2段ほど織り込む。

「あ、ありがと…」

月乃の支度が整ったところで、二人は玄関を飛び出した。


安い家賃の2DKマンションの2階。

「お前は階段でいけ、入り口で待ってるから」

依月はそう言うと、目の前の手すりを乗り越え、真下の駐輪場へ降りていく。

「うんっ」

月乃は急いで鍵を閉め、階段へと駆けた。


このマンションの駐輪場は、入り口からかなり奥まった所にある。
唯一の階段は、そのまま1階の廊下へつながり、入り口まで延びる。

一度建物から出て駐輪場へ向かうと、時間がかかってしまうのだ。
そのため、緊急時は最短距離である廊下の手すり乗り越えコースを使う。

…のは、おそらくこのマンションで依月だけだろう。


「月乃!」

依月が自転車で入り口にたどり着くと同時に、月乃が建物から出てくる。

「乗ったか?」
「うん、おっけーだよ」

依月は月乃が荷台に乗ったのを確認し、自転車を出す。

勢いよく風を切って、二人乗り自転車は飛び出した。


「もう5月なのに、まだまだ寒いね…」
「そうだな」

二人の通う学校は、自転車で約15分のところにある。

ふたつの公立高校が向かい合って建っている、珍しいところだ。

月乃の通う、『光陵(こうりょう)高校』。
県内一の進学校で、毎年倍率は3を超える。

その向かいにあるのが、依月の通う『星陵(せいりょう)高校』。
県内一の不良校で、毎年定員割れぎりぎり。


──中学3年の2学期。
この双子の進路は、色々ともめた。

月乃は成績優秀で、光陵高校にも受かる可能性が大いにあった。
依月の成績は、ほぼ平均。

二人は、全く違う場所にある高校への進学が勧められたが…。

『依月と同じ学校じゃなきゃやだ』

という月乃の意見で、依月は悩まされる。

依月の成績では、とても光陵高校へは入れない。
しかし、月乃の将来を壊すわけにはいかないと思った依月は…。

…光陵高校の向かいにある、生粋の喧嘩多発校へ。

すぐに行き来できる距離、ということで話がついた。

星陵高校への入学を、月乃はとても心配していたが……。



「ここでいいか?」

学校に着く少し手前の道で、依月は自転車を止めた。

「うん、ありがとう」

この先を曲がれば、すぐに両高校の門が見える。
二人乗りは一応法律違反であるため、月乃はここで降りる。

いつもなら、ここからは依月も自転車を押して行くのだが…。

「走れ!!」
「っ!!」

遅刻寸前の今日は、依月は自転車に乗ったまま、その隣で月乃が全力疾走。

「じゃあな、月乃!」

校門の前で、依月は自転車の篭に乗せていた月乃の荷物を投げる。

「うん、ばいばいっ」

何とかそれをキャッチして、月乃は校舎へ駆け出した。



──キーンコーンカーンコーン…。


始業のチャイムが両方同時に鳴り響く。

月乃はぎりぎり教室に到着。

依月は自転車を留め、靴箱にいた。

星陵高校の靴箱には、まだ人がたくさんいる。
不良校なだけあって、安定の遅刻率だ。

「よっ、今日は遅いんだな、依月」

依月の肩が、後ろからぽんと叩かれる。

「あぁ、おはよう藤島」

振り返ると、そこには藤島 泉(ふじしま いずみ)がいた。

依月より15cmほど高い身長に、金髪。
いかにも軽そうに見えるが、意外としっかりしている。

「珍しいな、お前が遅刻なんて。寝坊でもした?」
「…月乃がな」

二人連れ立って、廊下を歩く。

「月乃ちゃんが…?」
「遅くまで勉強してたから」

首を傾げた泉に、依月は軽く答えた。

「テスト前でもないのに、偉いねー」

まだ入学して3週間。

中間テストまではまだまだ時間がある。

光陵高校と星陵高校のテストの日は全く同じ。
ちなみに、行事は一週間ほど日にちをずらしてある。
同時に行うと、人が集まりすぎるからだ。


「…なぁ、藤島」
「ん?」
「今日の5時間目って何だ?」

不意に依月が尋ねる。

「え〜っと、数学だったかな」
「…そうか」

藤島が答えると、依月は少し微笑んだ。

「?……あぁ、なるほどね」
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