*Short Story*

□Sweet Song
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――――君のおかげで、私はいつも情緒不安定。





「…ふぅ」


白い吐息が、暗い道に溶けて消える。



ひとりで歩く帰り道、手には買ったばかりのCD。

カサカサと音を立てる袋の中には、幼なじみのCDが入っている。




今一番人気と言われている歌手、『浅早 壱夏(あさはや いちか)』。


デビューしたのは9ヶ月ほど前。

瞬く間に彼は人気急上昇。




いつの間にか、壱夏は遠い人になっていた。




幼なじみとして一緒過ごしたあの日は、もう戻らないのだろうか。



中学時代なんて、まだ褪せてしまうには早い、言ってしまえばついこないだ。


よく一緒にカラオケに行っていた。


壱夏は歌がとても上手で、透き通った声が印象的。

リズムに合わせて弾む音が、聞く人を楽しませる。




―――あの頃は、独り占めできたのに。






「――カラオケ大会?」


ある日、行きつけのカラオケボックスの店長が、とあるイベントのチラシをくれた。


それは、ご当地のど自慢的な小さなイベント。



軽い気持ちで参加し、壱夏はその大会に優勝。




―――そして壱夏は、芸能界にスカウトされた。




その後、彼は高校に進学せず歌手になることを選ぶ。


壱夏のデビューシングルはオリコンチャートで2位を獲得。

セカンドシングルで見事1位まで登り詰めた。


今手に持っているのが、そのセカンドシングルの通常版。

初回限定版は発売してすぐに買った。

PV映像のDVDはもう飽きるくらい見た。

デビューシングルだって、限定版と通常版両方持っている。




―――いつの間にか私は、壱夏の幼なじみではなく壱夏のファンになっていた。




グッズを買い占め、ライブに行って。

観客席から見る壱夏は誰よりも輝いている。

かっこよくて、歌が上手で、盛り上げも上手で…。



ステージの上の壱夏は、私の存在に気づいてはいないだろう。




今はそれが、ただ悲しくて悔しい…。




 
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