Tactics~また逢おう,君が覚えていなくても~

□第零章
2ページ/6ページ




ある日、煌は妹の祈(いのり)と一緒に、父の屋敷へ赴いていた。

目的は、父宛の郵便物を届けるため。


御神家の当主、煌と祈にとっては実の父親。

彼は、母屋とは別の場所に自分の屋敷を持っている。

周りが林で囲まれていて、昼間でも薄暗い場所。



「父さん、入るよ?」


屋敷の廊下は静まり返っていて、少し不気味だった。


「…いないのかな」

呼びかけても返事がなく、煌と祈は顔を見合わせる。

「俺、届けてくるから、祈は待っててくれ」
「分かった」

煌は荷物を抱え、父の部屋に向かった。




暗い廊下に響くのは、自分の足音だけ。


煌は一番奥の父の部屋へと向かう。


「……」


抱えた荷物の重さは、だいたい刀一本分くらい。

細長くて、丈夫そうな箱に梱包されている。


その中身は、容易に想像できた。




父の部屋に近づくにつれ、少しずつ人の声が漏れてくる。


「──目的の人物さえ殺せば、何をしてもかまわない」
「夜襲…だな」


「…?」


煌は部屋の前まで来て立ち止まる。

そして、会話の内容に耳を欹(そばだ)てた。


「決行は、何時(いつ)になさいますか」
「………」


「……」


不穏な会話が、ふすま越しに続けられる。


…なんだ?……殺し…?


煌が怪しく思い、さらに詳しく聞こうとしたとき──


──ゴトッ。

「っ!」

抱えていた荷物が手から滑り落ち、床で重たい音を立てた。


「誰だ!」

直後、煌の真横の襖(ふすま)が勢い良く引き開けられる。


「……煌」

部屋の中には、父と、見たことのない人が数人居た。

おそらく、一族の人間ではない。


「…聞いていたのか」

父の低い声が、目を見開く煌に降り注ぐ。

「……」

煌は何も言わなかった。

否、言えなかったに近い。


父の屋敷で行われていた、不穏な会合。

殺しの取引。

きっと、知ってはいけない事を知ってしまった。


「…決して他言しないと、約束できるか」

父の手のひらが、煌の頭を覆う。

額から伝わる、威圧と少しの痛み。


「……」

瞬きもせず、煌はただうなずいた。

この手が、今すぐにでも頭を潰してしまいそうで。

知らない父の顔が、暗闇にもはっきり見えて。


──恐怖を、掻き立てる。



「…下がっていい、もうここへは来るな」
「……」

もう一度煌がうなずくと、父の手が離れた。

同時に、何か大切なものも離れていったような感覚だけを残して。


「失礼しました」

半ば無意識に頭を下げ、煌は部屋を後にする。


「……っ」


初めて、父の顔を正面から見た。

初めて、父のことを怖いと思った。


関わりなどほとんどなかった。

それでも、父親という存在に近付いてみたくて。

優しい眼で、自分を見てほしかった。


──たった一度でも、いいから。


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ