Tactics~また逢おう,君が覚えていなくても~
□第零章
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ある日、煌は妹の祈(いのり)と一緒に、父の屋敷へ赴いていた。
目的は、父宛の郵便物を届けるため。
御神家の当主、煌と祈にとっては実の父親。
彼は、母屋とは別の場所に自分の屋敷を持っている。
周りが林で囲まれていて、昼間でも薄暗い場所。
「父さん、入るよ?」
屋敷の廊下は静まり返っていて、少し不気味だった。
「…いないのかな」
呼びかけても返事がなく、煌と祈は顔を見合わせる。
「俺、届けてくるから、祈は待っててくれ」
「分かった」
煌は荷物を抱え、父の部屋に向かった。
暗い廊下に響くのは、自分の足音だけ。
煌は一番奥の父の部屋へと向かう。
「……」
抱えた荷物の重さは、だいたい刀一本分くらい。
細長くて、丈夫そうな箱に梱包されている。
その中身は、容易に想像できた。
父の部屋に近づくにつれ、少しずつ人の声が漏れてくる。
「──目的の人物さえ殺せば、何をしてもかまわない」
「夜襲…だな」
「…?」
煌は部屋の前まで来て立ち止まる。
そして、会話の内容に耳を欹(そばだ)てた。
「決行は、何時(いつ)になさいますか」
「………」
「……」
不穏な会話が、ふすま越しに続けられる。
…なんだ?……殺し…?
煌が怪しく思い、さらに詳しく聞こうとしたとき──
──ゴトッ。
「っ!」
抱えていた荷物が手から滑り落ち、床で重たい音を立てた。
「誰だ!」
直後、煌の真横の襖(ふすま)が勢い良く引き開けられる。
「……煌」
部屋の中には、父と、見たことのない人が数人居た。
おそらく、一族の人間ではない。
「…聞いていたのか」
父の低い声が、目を見開く煌に降り注ぐ。
「……」
煌は何も言わなかった。
否、言えなかったに近い。
父の屋敷で行われていた、不穏な会合。
殺しの取引。
きっと、知ってはいけない事を知ってしまった。
「…決して他言しないと、約束できるか」
父の手のひらが、煌の頭を覆う。
額から伝わる、威圧と少しの痛み。
「……」
瞬きもせず、煌はただうなずいた。
この手が、今すぐにでも頭を潰してしまいそうで。
知らない父の顔が、暗闇にもはっきり見えて。
──恐怖を、掻き立てる。
「…下がっていい、もうここへは来るな」
「……」
もう一度煌がうなずくと、父の手が離れた。
同時に、何か大切なものも離れていったような感覚だけを残して。
「失礼しました」
半ば無意識に頭を下げ、煌は部屋を後にする。
「……っ」
初めて、父の顔を正面から見た。
初めて、父のことを怖いと思った。
関わりなどほとんどなかった。
それでも、父親という存在に近付いてみたくて。
優しい眼で、自分を見てほしかった。
──たった一度でも、いいから。
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