Tactics~また逢おう,君が覚えていなくても~

□第三章
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──知らない世界、ひとり。


昨晩降り積もった雪は、日光に溶かされていた。


明け方だった空は、いつのまにか昼になっている。


太陽がほぼ真上に来た頃。



「さむっ…」


天那はひとり、路地裏を歩いていた。


この世界はどうやら、江戸時代らしい。

通りすがる人々に、少しだけ聞き込みをした。


──これはいよいよ本気で信じるしか…。


"タイムスリップ"なんて奇怪現象。

信じてなんてなかったし、まさか自分がスリップするなんて。


それに、この時代に来る際、かばんをなくしてしまっていた。

ケータイやその他私物が入れっぱなしだ。

もっとも、ここにあったとしても何の役にも立たないだろうが。


何故か、ブレザーとセーターもなくなっている。

キャミソールと長袖Tシャツの上にカッターシャツ、そしてスカートという格好。


…寒すぎる。


このまま凍死してしまうんじゃないかと思ったとき──


「──ちっ、上総(かずさ)が…調子に乗りやがって」
「!?」


いきなり横合いから大柄な男が飛び出してきた。


「!!」


しかも、その男は抜き身の刀を手にしている。

後方を気にしながら、彼は逃げるように走ってきた。


「邪魔だ小娘!!」
「わっ!?」


意図せず行く手を阻んでしまった天那に、男は容赦なく刀を振り下ろしてくる。


「っ!!」


白銀の刃が右肩を掠(かす)めた。

同時に、擦(こす)れるような痛みが走る。


男はよろめく天那の腕を強引につかみ、引き寄せた。

突然の出来事に、頭が全然ついていかない。

天那はいつの間にか男に背中を預けるような体制になっている。


「!?」


すると間髪入れず、ものすごいスピードで何者かが現れた。

男と同じ場所から飛び出してきた辺り、追っ手だろうか。

若くて小柄な少年、しかし右手には抜き身の刀。


少年は鋭く男を睨み、真っ直ぐに剣先を突き出してくる。


「動くな!!」


男が天那の喉元に刀をつきつけた。

そして、盾にするように天那を少年の方へ向ける。


「!!」


男の心臓を狙う少年の刃が、高速で迫ってきた。

およそ人間業とは思えないほどの速さだ。


──刺されるっ!!!








剣先が天那に触れる直前、ぴたりと止まる。


「……」


呼吸を忘れた刹那、心臓も止まったんじゃないかと思うくらい。

天那の胸元から数センチの距離で、少年の刀が止まっていた。


「う、動くなよ、動いたらこいつを殺す」


男は天那の首に刀を添えたまま、ゆっくりと後ずさり始める。

少年はピクリとも動かない。


やがて20mほどの距離を作り、男は天那を離した。

同時に、少年も刀を降ろす。


「…ガキだと思って油断したな」


ぼそりと言い残し、男は逃げ去っていった。


 
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