Tactics~また逢おう,君が覚えていなくても~
□第七章
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買出しを終えた煌は帰路についていた。
買い物は墨だけなので、荷物は特に無かった。
番傘を差し、のんびりと街並みを眺める。
左目だけで見る世界は、いつもよりぼやけていて雪の白さを目立たせる。
煌はいつもの癖で、人通りの少ない路地裏を歩いていた。
この場所なら、黎斗が送ってくる殺し屋の相手をしやすいから。
誰にも見られず、巻き込むこともない。
ずっと、そんな風に───。
「──煌」
聞き覚えのある声と共に、視界に見覚えのある姿が映った。
「黎斗……」
袴の上に、黒い大きな布を纏った少年。
なびく黒が、雪の中にある旗のようだった。
「やぁ、傷の具合はどう?」
感情の無い笑顔で、黎斗が笑いかける。
「……」
煌は黎斗を見据えたまま黙っていた。
「今日はどこに傷を作ってあげよう」
歪む口角、瞳の奥が楽しげに光る。
「…本気で来てよ、煌」
黎斗がゆっくりと腰の刀を抜いた。
「……」
煌は番傘を開いたまま放り出し、背中に背負った竹刀袋に手を伸ばす。
そして、引きずり出すように重たい刀身を抜き放った。
「っ……」
一際強い風が、急かすように煌の背中を押す。
先に駆け出した長い髪を追い抜くように、煌も地を蹴った。
足跡の無い雪を踏みしめ、刀を振りかぶる。
「はぁあ!!」
構えた黎斗の刀と、煌の刀がぶつかり合って音を立てた。
何度も、何度も剣線を交え合う。
周りを降る雪も弾き飛ばして。
「そんなに悠長に遊んでる暇はないかもよ?」
「?」
煌の間合いから離れて、黎斗は体勢を立て直す。
「こないだ煌と一緒にいたあの子…」
「!!」
煌は刀を握る手に力をこめた。
「今頃、僕が送った奴らに殺されてたりして…」
「黎斗!!」
言い終わらないうちに、次の攻撃を仕掛ける。
「天那は関係ないだろう!!」
焦燥感に駆られ、煌は乱暴に刀を振るった。
「だって、そうでもしないと煌が本気になってくれない」
「っ!」
剣線に殺意が宿る。
同時に、煌が打ち込んでくる角度が微妙にずれ始めた。
「合わないうちに、随分と太刀筋が変わったね」
同じ場所で、同じ流派を習ってきた煌と黎斗。
手合わせするときも、鏡のように似たような動きを見せた。
だけどもう、今は違う───。
「瞳も…人殺しの戦い方になった」
言いながら、黎斗は煌に足払いをかける。
この技も、御神の里で習ったものではない。
黎斗の戦い方も、殺し屋のそれに変わっていた。
「っ」
足払いで体勢を崩した煌に、黎斗の刃が降りかかる。
「!!」
雪の上を転がるようにかわし、煌は瞬時に立ち上がった。
寸分の隙も与えず、黎斗は攻撃してくる。
素早さは互角、体格差もない。
ただ、煌は右目が使えない。
自身の視界を縮めている包帯を忌々しく思った。
「っ……」
黎斗の打突が右耳を掠める。
その刀とすれ違うように、煌は前へ踏み出した。
黎斗の懐に入り込み、両手で刀を薙ぎ払う。
「ちっ」
切り裂く寸前で、それは黎斗の刀に受け止められた。
そのまま、煌の刀が弾き飛ばされてしまう。
煌は大きく体を後ろに反らし、後転しながら距離をとる。
一瞬逆さ向きになった竹刀袋から、鞘が滑り落ちてきた。
それをつかみ取り、煌は再び駆け出す。
「はぁっ!!」
距離感のつかめない視界で、遠景と黎斗が重なった。
一枚の絵のように、そこには一瞬の隙があった。
「うっ」
鞘の先が黎斗の脇腹に刺さる。
剣先ほど鋭利でなくても、気絶させるくらいの衝撃は与えただろう。
「かはっ…ぁ…」
黎斗が雪の上に倒れこむと、煌はすぐに自分の刀を拾い上げた。
そして、天那を探して走り出す。
雪は、ただ降り続いていた。
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