Tactics~また逢おう,君が覚えていなくても~

□第七章
2ページ/5ページ




買出しを終えた煌は帰路についていた。


買い物は墨だけなので、荷物は特に無かった。

番傘を差し、のんびりと街並みを眺める。


左目だけで見る世界は、いつもよりぼやけていて雪の白さを目立たせる。


煌はいつもの癖で、人通りの少ない路地裏を歩いていた。

この場所なら、黎斗が送ってくる殺し屋の相手をしやすいから。

誰にも見られず、巻き込むこともない。


ずっと、そんな風に───。



「──煌」


聞き覚えのある声と共に、視界に見覚えのある姿が映った。


「黎斗……」


袴の上に、黒い大きな布を纏った少年。

なびく黒が、雪の中にある旗のようだった。


「やぁ、傷の具合はどう?」


感情の無い笑顔で、黎斗が笑いかける。


「……」


煌は黎斗を見据えたまま黙っていた。


「今日はどこに傷を作ってあげよう」


歪む口角、瞳の奥が楽しげに光る。


「…本気で来てよ、煌」


黎斗がゆっくりと腰の刀を抜いた。


「……」


煌は番傘を開いたまま放り出し、背中に背負った竹刀袋に手を伸ばす。

そして、引きずり出すように重たい刀身を抜き放った。


「っ……」


一際強い風が、急かすように煌の背中を押す。

先に駆け出した長い髪を追い抜くように、煌も地を蹴った。


足跡の無い雪を踏みしめ、刀を振りかぶる。


「はぁあ!!」


構えた黎斗の刀と、煌の刀がぶつかり合って音を立てた。


何度も、何度も剣線を交え合う。

周りを降る雪も弾き飛ばして。


「そんなに悠長に遊んでる暇はないかもよ?」
「?」


煌の間合いから離れて、黎斗は体勢を立て直す。


「こないだ煌と一緒にいたあの子…」
「!!」


煌は刀を握る手に力をこめた。


「今頃、僕が送った奴らに殺されてたりして…」
「黎斗!!」


言い終わらないうちに、次の攻撃を仕掛ける。


「天那は関係ないだろう!!」


焦燥感に駆られ、煌は乱暴に刀を振るった。


「だって、そうでもしないと煌が本気になってくれない」
「っ!」


剣線に殺意が宿る。

同時に、煌が打ち込んでくる角度が微妙にずれ始めた。


「合わないうちに、随分と太刀筋が変わったね」


同じ場所で、同じ流派を習ってきた煌と黎斗。

手合わせするときも、鏡のように似たような動きを見せた。


だけどもう、今は違う───。



「瞳も…人殺しの戦い方になった」


言いながら、黎斗は煌に足払いをかける。

この技も、御神の里で習ったものではない。

黎斗の戦い方も、殺し屋のそれに変わっていた。


「っ」

足払いで体勢を崩した煌に、黎斗の刃が降りかかる。


「!!」


雪の上を転がるようにかわし、煌は瞬時に立ち上がった。

寸分の隙も与えず、黎斗は攻撃してくる。


素早さは互角、体格差もない。

ただ、煌は右目が使えない。

自身の視界を縮めている包帯を忌々しく思った。


「っ……」


黎斗の打突が右耳を掠める。

その刀とすれ違うように、煌は前へ踏み出した。

黎斗の懐に入り込み、両手で刀を薙ぎ払う。


「ちっ」


切り裂く寸前で、それは黎斗の刀に受け止められた。

そのまま、煌の刀が弾き飛ばされてしまう。


煌は大きく体を後ろに反らし、後転しながら距離をとる。

一瞬逆さ向きになった竹刀袋から、鞘が滑り落ちてきた。

それをつかみ取り、煌は再び駆け出す。


「はぁっ!!」


距離感のつかめない視界で、遠景と黎斗が重なった。

一枚の絵のように、そこには一瞬の隙があった。


「うっ」


鞘の先が黎斗の脇腹に刺さる。

剣先ほど鋭利でなくても、気絶させるくらいの衝撃は与えただろう。


「かはっ…ぁ…」


黎斗が雪の上に倒れこむと、煌はすぐに自分の刀を拾い上げた。


そして、天那を探して走り出す。



雪は、ただ降り続いていた。




 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ