long story

□九
1ページ/5ページ




この男、どういうつもりだ。

夏目に手を引かれ人混みに飛び込んだ私は右へ左へ、グルグル振り回された。

暫くして後ろを向けば先程まで辛うじてついてきてた筈の並木の姿が無い。

そしてこの台詞。


「巻けたかな〜?」


決して事故的にはぐれたのでは無い。これは隣でへらへら笑っているこのうさ耳男が故意的に仕組んだものだ。


私達はまた暫く店内を彷徨いた。

別に何処か店に入る訳でもなく通路を突き進むだけだった。



どうしたいんだ?


そう聞きたいのに言い出せなかった。

手を引かれるまま後をついていく。


というかこの男、百目の力を持っているなら私の思考だって読み取れる筈なのでは?

しかし夏目は何も言わない。

分からない。
何時まで歩き続けるんだ。

というか並木はあのままにしていいのか?


混乱する頭。
疲れてきた脚。


「そろそろ行こうかね〜。」


その中やっと足を止めた主犯は今度近くにあったエレベーターに乗り一階のボタンを押した。


私達を乗せた箱はゆっくりと下降していく。

その間中に居たのは私と夏目だけ。


「ごめんねひかたん急に引っ張って来ちゃって?」


ようやく開いた口から出たのは謝罪の言葉。

しかも全然その気が無いだろ。

それより何処へ向かっている。何がしたい。並木はどうするんだ。

沢山の疑問が喉元まで上がっては来るが声に出そうとすると下がる。


「ッ………。」


自分はろくに声も出せないのか。言いたいことも伝えられないのか。

話し相手が長い間居なかった私にとってそれだけでも一苦労って訳か?

何もできない母体。そんな自分が今浮き彫りに見えて、それが苛ついて、悔しくって、嫌で、


気がつけば私は涙を浮かべていた。



「ひかたん?」


私はハッとし急いで服の袖で拭うが涙は次々と溢れ出てくる。

もう自分が嫌で悔しくって泣いているのか、涙が止まらない焦りと羞恥から泣いているのか分からない。


「ひかたんごめんね、急に連れ出して……。」


私はしゃくりあげる。
すると夏目は私の頭を自分の方に引き寄せてよしよしと撫でた。


「落ち着いて。何か話したいことがある時は単語を、時間をかけてもいい、ゆっくり並べて喋るんだ。ボクは待っててあげるからさ。」






次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ