long story
□十壱
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今日は色々な事があった日だった。買い物に出掛けたつもりが拐われて。学校に連れて行かれたら並木が怒って。
あの時の並木……、とても怖かった。今にも皆殺しにしてしまうような圧力、冷たい目、不気味な微笑み。
あれが恐怖……。
その感情を嫌という程刻み込まれた私はあれから並木の顔をまともに見れなくなっている。
残夏との仲は至って普通だった。先程も私の目の前で二人してお茶をしていたぐらいだ。
あの殺意が嘘だったかのような錯覚に陥りそうなくらいに。しかし私の身がそれを許さない、体が覚えているんだ、背筋が凍る感覚も、手汗が滲む触感も。
「光、その、これから大浴場に行こうと思うのだが、君も一緒にどうだ?」
夕食も終わり、並木が片付けに行ってくれたお陰でやっと一人になれたところ、凛々蝶がお風呂に誘ってきた。
大浴場。各部屋に浴室が付いているのにも関わらずここはそんな設備まで付いているのか。
そういえば私はまだ此処の案内を受けていない。好んで使うわけでもないし不便はないだろうが。
「光?やはり一緒にお風呂というのはまだ無理か……?」
考え事をしていた私に返答に困っていると勘違いした凛々蝶は申し訳なさそうに顔を覗きこんできた。
違う、そういう意味ではない!
「………ッ」
まただ、この喉に詰まる感じ。言葉が喉に引っ掛かる。
"落ち着いてゆっくり言葉を並べていくんだ。"
残夏が私に言ってくれた台詞。
一度詰まった言葉を飲み込んで、時間を掛けて一つ一つ言葉を選んでいく。
「行く……。凛々蝶と……お風呂………楽しそうです。」
言えた。
するとそれを聞いた凛々蝶は安心した表情に戻り、「行こう。」と、私の手を引いた。