サクラサクラ


□3、流れる雲
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蔵馬視点



「おはよう。」


私服姿の思惟を、久しぶりに見た。今日はレギンス・ショートパンツにチェックのシャツ・帽子を被っていて、スカートを履くことが多い思惟には珍しい格好でとても新鮮だった。



本当は彼女を連れて行くことはしたくなかったが、玄海師範がおいておいても心配だと言ったのだ。
確かに、前にも四聖獣との戦いの折には、家にいるように言ったのに勝手に外へ飛び出して行った。


ほんとうに困った娘だ。





みんなと一緒に行くことを許された事が嬉しかったのか、終始ご機嫌な思惟を横目でみつつ、みんなで街へ情報収集を兼ねて出かけた。


街中に沢山の魔界虫が飛び交うが、思惟には全くそれが見えず内心ホッとしていた。きっと見えれば大騒ぎだ。

あとで彼女だけは霊界で保護してもらおうと思っていたが、きっとコエンマの言うことさえも聞かないだろう。






「あの、蔵馬。」


「どうしました?」




「あそこ、なんか虫見たいのがいる。大きいの。」


「見えるんですか?」




思惟には見えてないと思っていた魔界虫が、見えたのだろうか?
彼女の指差した先には、確かに大きめの魔界虫がいる。



「魔界の虫・・?」

「そうです。あれが魔界虫ですよ。」


「魔界に住んでいた時は、ちゃんと見えてたの。
時々は見えるんだけどいつから見えなくなったんだろう。」




可愛らしく首をひねる彼女は、その虫が飛んでくると叩き落とすことはせず、避けた。不思議と虫たちが思惟を襲うようなことはなく、むしろその周りをくるりと一回転するとどこかへ飛んで行ってしまった。





「不思議だねぇ。昔っから思惟ちゃんにはああいうのは悪さしないんだよね。」


「そうなのか?」


ぼたんの言葉に桑原くんが答えた。
それは俺も知らなかった。




「思惟ちゃんってば、逆にタチの悪い妖怪に好かれるんだよね〜。」


「へ、へえ〜・・・・」






桑原くんが冷や汗をかきながら俺の方を見ている。
””タチの悪い「オレ」””に好かれてるって意味なのか?ぼたんは無意識のようだが。


小さく溜息をついて、周りを見回すが街には魔界虫が沢山飛んでいることと、異様な空気であること。そしてこの異常な状態でありながらも、皆案外冷静であった。













増えていく魔界虫たちとともに、力のない妖怪たちも若干だが人間界に入り込んできたようだった。
オレはできるだけ思惟と離れないように、常に一緒に行動をした。彼女はできるだけ俺たちの邪魔をしないようにと気を使っているようで、みんなが戻れば飲み物を用意したり、洗濯をしたりと細やかに動いていた。




その数日後、大怪我をした御手洗をマンションへ連れて帰ると、やはり思惟は能力を使って御手洗を治療した。


正直、他の男にあの治療をして欲しくはなかった。
が、それを伝える事もできずに、ただただその様子を苦々しく思いながら眺めているしかなかった。きっと、御手洗は感じた事もないほどのあの快感を、今味わっているところなのだろう。
すこしだけ頬を紅潮させて、思惟の光る手のひらを見つめている。





「も、もういいよ!
君は、なんでこんな事をするんだ。オレはお前たちの敵なのに!!」



そう叫んだ御手洗は、荒い口調とは裏腹に表情は困惑していた。
すこし困った顔をした思惟は、大きな声を出した御手洗から離れる事もなく、不思議そうにまっすぐに顔を見つめている。




「ごめんなさい、怪我が辛そうだと思って。
全部直してあげれなくてごめんね。」



思いの外、疲れていたのか。
思惟はそのまま御手洗の座っているベットに、うつ伏せになって眠ってしまった。
まるで黒龍波を使った後の飛影のようだ。


スウスウと寝息を立て始めた。

それにかなり驚いている様子の御手洗は、自分のベットにうつ伏せて眠ってしまった思惟をどうしたらいいかわからず戸惑っている。
これでは御手洗もゆっくり休めないだろう。



「眠ってしまいましたね。
治癒の力は体力を消耗するようです。あっちへ連れて行きます。」


俺は、彼女をそっと抱き上げて隣の部屋のソファに寝かせた。
少し顔色が悪いようにも見える。少し疲れが出たか・・?





そっと髪を撫でると、見た目のままの細くてさらりとした思惟の髪が俺の指先をするりと通った。
甘い香りがする。儚げで、でもやりたがりで好奇心も旺盛。
こんな娘がそばにいたら、妖狐だったときの俺だったらどうしただろうか。

もうすっかり彼女に心を奪われていると確信している俺は、
その寝顔を守るようにその横のソファの隙間に座った。












それからしばらくして、仙水が俺たちのいる幽助の家であるマンション近くに来たことで、思惟・ぼたん・静流・御手洗を残し、対峙することとなった。




仙水の狙いは桑原くんであったことがわかったが、油断した・・
ぼたんや静流さんがいるため思惟も、そこは安全だと思い込んでいた。

幽助の家に到着し、嫌な予感は的中した。


ぼたんは御手洗を助けるために怪我をし、静流さんも爆発の時に怪我をしたようだった。
ソファにいたはずの思惟がいない。


「コエンマ、思惟は・・!?」


「お前たちのところへ行ったんじゃないのか!」




「・・いえ、来ていません。・・ここで眠っていたはずですが・・」




勝手に、何も言わずに出ていくようなことは、流石にしないだろう。コエンマもいたのだから。



「じゃあ、・・思惟はどこに・・・」


「俺、探しに行ってきます!!」




「待って・・」


俺が家を飛び出そうとした時、部屋のすみで震えていた御手洗が声を上げた。



「・・多分、・・・・刃霧が連れていったんだと思う・・
あの、女の子、・・・桑原と同じで使えると・・仙水さんは言っていたから・・・」



「どういうことだ?」


「能力、・・何か特殊な能力があるんだと・・」




嫌な予感は的中した。
彼女の能力はすでに奴らに狙われていたのだ。

あのモノを飛ばす能力の男か・・





「玄海師範、俺はみんなの後を追います。」




俺たちと一緒についてくると決めた御手洗と一緒に、幽助たちを追うことになった。

おそらく、桑原君と思惟は一緒にいるはずだ。
落ち着かない気持ちを、いつものように冷静に保ちながら動いた。


すぐにでも彼女のところへ行きたい気持ちを、抑えながら。
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