大人になりたい!

□1冊目
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数日通った学校は、勉強の進みの速さと
クラスのみんなの呑み込みの早さに驚くばかりだった。
がっくんが言ったように、必死でついていかなければ置いていかれる。

せっかく懐かしのこの街に帰ってこれたのに、
早々に勉強でつまづいてしまうのはイヤだ。



私は電車より時間はかかるが、乗り換えなく一本で来れるバス通学に変えた。だから、早朝の空いているバスの中では本を読んだり勉強だってできる。
その時間を有効活用することにした。




がっくんが、部活の指導がなければ一緒に帰れるのにと悔やんでくれたのも嬉しかったけど、
今夜は久しぶりにがっくんと二人で晩ご飯を食べに行く約束をした。

学校のこととか、聞きたいことたくさんあるから聞いてみよう。


















「恋」


「がっくん、もう終わったの?」




待ち合わせていたがっくんの家の近くのコンビニの前で、学校で先生の姿でいるがっくんとは違う、Tシャツにズボン、ジャケット姿の彼が車で迎えに来た。

濃いめのオレンジ色のシャープな形の車だ。




「ああ、今はそんなに忙しい時期じゃないかね。
恋こそ、かなり待ったんじゃないか?」


そう言いながら、助手席のドアを開けてくれた。
遠慮なく乗り込むと、まだ新しい車の匂いがして、シートベルトを締めるとゆっくりと動き出す。



「私は家に帰ってゆっくりしてたから。」



浅野学秀は柔らかく笑うと、前を向いたまま車を走らせた。


「サッカー今はやってないの?」


「・・今は自分ではやっていないんだ。
顧問やら忙しくてね。でも時々生徒たちに混じってやってるよ。気分転換にね。」



「・・サッカー部強いんだってね。
それにがっくんのファンだって女の子が、毎日部活見学してるって聞いたよ?
相変わらずモテてるよね。」



恋は大変だね、と言ったように苦笑した。
もともと誰にでも愛想の良い学秀だが、学生時代から女の子たちに幾度も告白されては上手く断わる、
まあ、そんなことをさほど喜んでいないのはよく知っていた。






「そうだ。父が恋によろしくと言っていたよ。」


「おじさまが!?
お元気にしていらっしゃるの?おじさまに会いたいなぁ。」


「しばらく帰って来てないな。盆と正月くらいだよ。帰るのは。」





その学秀の答え方で、厳しかった学秀の父「学峯」との関係は悪くないのだと感じた。
1年前だったか、この学園の理事長をやめる事になったとニュースで見てから、二人がどうなるのかと本当に心配したのだ。





「あの人は、恋には優しかったからね。
きっと恋のことが娘のように可愛いのだろうね。」


「私もおじさまのことは大好きよ。
優しいし、なんでも知ってて教えてくれるし。」





学秀の父・學峯と、恋の母は従兄弟同士で、以前はとても近いところにお互いの家があったため、小学校時代はよく遊びに行った。
ただ、幼少の頃から勉学にもスポーツにも教育に熱心だった學峯は遊びに行くと必ず何かを教えてくれる。
それが楽しくて楽しみでたまらなかった頃があった。
一時期は、学秀ではなく、学峯を目当てに遊びに行ったものだ。





「ね、どこに行くの?」

「そうだな。昔行ったピザのお店なんてどうかな。」


「ほんと!嬉しい!」


恋のとびきりの笑顔を幸せそうに眺めた学秀は、4年前にまだ中学1年生だった頃より、うんと女性らしくなった恋が戻って来てくれたことを、心から喜んだ。















〜〜🍕〜〜🍕〜〜




「いらっしゃいませ。」


おしゃれなランプで飾られた外構で、子供の頃坂下家と浅野家のふた家族で来たことがあるイタリアンの店だ。
忙しかった両家の両親は、お互い忙しい時はどちらかの家へ子供を預ける事もままあった。


「予約した浅野です。」



案内されるままついて行くと、ひと席だけ広くて特別可愛らしいスペースに仕上げられているテーブル席へ案内された。



「うわぁ、かわいい。」

「あぁ、恋が帰って来たら、来たいと思っていたんだ。」


「がっくん。。彼女、いるでしょ。
こんなに可愛いお店知っているんだもん、彼女と来るの?」



一瞬びっくりした表情をしたが、珍しくふっと吹き出して学秀は笑った。それからいつもの自信ありげな表情に戻ると、




「彼女はいないよ。残念ながらね。
ここは恋との思い出のお店だから、君が帰ってきたらここに招待しようとずっと思っていたんだ。

さ、恋何にする?」









普通の高校生が気軽に入れるような店でないことは、よくわかっている。ただ、この店は浅野家と彼女の家とのつながりの一つだ。


俺自身恋のことは、子供の頃『妹』同然に思っていた。ただの親戚だとか、近所の女の子だなんて思っておらず、彼女と一緒に暮らせたらいいと思ったほどだ。
いつだって、素直で、よく笑って、
少しからかってもちゃんとついてくる。



彼女との思い出は、楽しいものばかりだ。





「がっくん、ピザ切れたよ。」

「あぁ、ありがとう。」



「ね、このチーズいっぱいのったやつ、がっくん好きだったよね。」


モッツァレラチーズと、トマトソースに、オリーブの実と生ハムのシンプルなピザがおきに入りだった。




「恋はピザを少し食べたらすぐにデザート選んでただろ。」

「えー?そうだった?」


「そうだよ。おばさんに怒られてただろ。」



顔を見合わせて笑うと、自然とお互いの両親の思い出話になった。
どちらも環境は以前と大きく変わってしまったが、それを受け止められる年齢になったのだ。




食事を終えると、彼女の今の家まで送っていき、現在一人暮らしをしている彼女の住んでいるマンションを始めて見た。


「へえ、なんか可愛らしいね。」


4階建のマンションの1階。
女の子が一人で住むには、防犯上1階というのはどうかと思うが、庭から続くアプローチの先に落ち着いた水色の木製ドアがあり、一見可愛らしいお店のようにも見える。



「お母さんがね、残してくれた部屋なの。お店をやろうと準備して買ったらしいんだけど、改装が終わる前に亡くなったみたいで。
おじいちゃん、お母さんらしい部屋だからって残しておいてくれたんだって。
住居用に改装してもらって住めるようにしてくれたの。可愛いでしょ?」



「あぁ、おばさんと恋によく合ってる。」

「今度遊びに来てね。」


「ぜひ行かせてもらうよ。」







僕らの環境は変わったけれど、彼女は何も変わっていない。
前からずっと好きな恋のままだ。


椚ヶ丘でも必ず守ってみせよう。
彼女が健やかに暮らせるように。
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