舞姫

□D. 翳(かげ)
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新学期へ



先日の新年会は、結局国木田さんを筆頭に次々と呑みつぶれ、数人が社長宅に泊まることになった。
翌日は家の片付けに追われたが、午後は掃除も終わり、モンゴメリちゃんが初売りにも連れて行ってくれた。
可愛いコートやお洋服を買えたし、二人で楽しい時間を過ごした。



「ねー舞姫。あなた、マフィアの人間とどうなのよ。」


「幸田くんのこと?」


「そうそんな名前だったっけ?高校で一緒だっていう子。
マフィアの中でも、優秀な調査員なんですって?異能力は使えないみたいね。」


モンゴメリちゃんは、二人で入ったハンバーガー店でポテトをつまんで言った。
私はイチゴのシェイクをのんでいたけれど、幸田くんの仕事のことは一切聞いたことはなかったし、知らなかった。



「そうなの?知らなかったよ。」


「私が聞いている限りでは、その子あんたのこと絶対好きよ?
そういう雰囲気にはならなかったの?」


「んー・・、実は初詣の時に偶然会って話したんだけど、
芥川さんのこと、好きなのかみたいなことを聞かれて。」


「で、で?なんて答えたのよ。」


モンゴメリちゃんはテーブルに身を乗り出してきた。
ちょっとちょっとポテトが溢れるよ。



「う〜ん。芥川さんのことは好きだけど、恋愛の対象かっていうとちょっと違うような。
でもすごく優しいし、大切な人には間違い無いかなぁ。あ、でもそれは幸田くんも一緒。銀ちゃんも。」


「それって、ただのお友達の域でしょ?
じゃあ、あんたの恋の相手はやっぱりあの人かしら。」



モンゴメリちゃんは、オレンジジュースの入ったカップのストローを口にした。



「え?誰?ねえ」


「さあね!自分で考えなさい!」


「じゃあ、モンゴメリちゃんは?
素敵な人はできたの?それとも今はお仕事のことでいっぱい?」


モンゴメリちゃんは一気に頬を紅潮させて、誰が見てもわかるほど動揺すると、えらく早口であれこれと探偵社の社員たちのことを喋り始めた。

本当に可愛くて、わかりやすいんだから!




今度の休みには二人で買った服を着て、映画でも見に行こうということになった。
すごく楽しみだ。













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銀side







「あけましておめでとう。」



学校の門をくぐると、久しぶりの同級生たちからそんな声が聞こえて来た。
やっぱり学校はいい。
仕事での自分とはリセットしてここでは過ごせる。普通の学生のふりをして、偽りの自分として。でもそれが心地よい。



「銀ちゃーーーんっ!」


「おはようございます舞姫さま」


相変わらず、可愛い。
素直に久しぶりの再会を喜んでくださる、その笑顔に救われる。きっと兄もそうなのであろう。
血で染まったその人生の中に、一輪のピンク色の花がこちらを向いて笑っているような感覚だ。



「幸田くんもおはよう。お正月は、ありがとうね。」


「おはようございます。舞姫さま」


「そうだ、舞姫さま、お守りを頂きありがとうございました。」


銀ちゃんが鞄につけたお守りを見せながら言った。
3人のお揃いのそれは、たまたまだったがみんなカバンのどこかに付けていて、それがおかしかったからつい笑いがこぼれた。



「今年もよろしくね。」

「こちらこそ。よろしくおねがいいたします」

「今年は、無茶をなさらないでくださいよ?」



幸田くんが爽やかに笑って言った。

玄関近くで話をしていると、3年生の男子生徒が近づいて来て声をかけて来た。


「市野さん、おはよう。
俺3年C組の平松っていうんだけど、今日帰り一緒に帰らない?」


「あの、」
「申し訳ありませんが、彼女は俺たちと帰ります。市野さんは帰りは用事がありますから。」




幸田くんは、同級生・上級生関係なく、こういう誘いがあると、すっぱりと断ってくれる。潔くて気持ちいいくらい。
それが、舞姫さまにとっては、自分のことなのに申し訳ないというけれど、舞姫さま自身が恨みを買うのが一番不味い。
幸田はどんなに恨みを買おうと、そこらの高校生くらいには負けない。マフィア内では、異能力も使えぬただの一介の構成員だとしても、体術はそこそこ学んでいる。

そう簡単に、普通の人間にはやられることはない。




「ありがとう。幸田くん」


そうしていつも舞姫さまの恥ずかしそうに言うお礼を、幸田は糧として生きているように思える。
きっと、特別な想いなのだろう。あの方のことを想う気持ちは。









それから数日後の放課後、学校からの帰りだった。
新学期が始まってテストも終わり、ただ冬の寒さだけが厳しくなっている日の帰り道。
珍しくクラス委員の仕事で遅くなった舞姫さまを、幸田が一人で送っていくことになった。
私が仕事で学校を休んだ時のことだ。



兄の芥川を恨んだ組織のものが、かなりの人数で二人を囲んだ。
それは学校から少し離れた大きなビルの並ぶ一角で、夕方だけに人通りはなく車が行き交うばかりの時。
完全に油断していたのだと幸田は言ったが、あの状況ではきっとどうしようもなかったのだろう。


全部で20名程度。
軽く武装した集団が、兄が時々送迎する舞姫さまの存在を知り、親近者か何かだと勘違いをしたようだった。
ある意味親近者ではあるのだが。




「なんだっ・・数が、多すぎる!!舞姫さま、隙を見て逃げてください!!」




さすがに調査員である幸田は、体術はさほど達観している訳ではなく、どちらかというと頭脳を使った仕掛けの方が得意だ。
戦闘員ではない。


次々に襲いかかる敵に、なんとか抵抗してみたが、舞姫はあっという間に捕まってしまい、幸田は大量に血を吐くほど殴られてしまった。



「幸田くんっ!!・・もうやめて!殴らないで・・!」



「その女を連れていけ。それでこの男には、芥川に連絡をさせろ。」


リーダーらしき男が、数人の部下に指示を出して、幸田くんの手のひらに住所の書いた髪を、ナイフで突き刺した。


「アァァ!!・・・」


「いや・・もう、やめてっ・・」



彼の左手は、この事件以来後遺症が少しだけ残った。













「大変です!!芥川さん!!」


「何事だ。」


ポートマフィア内のとある一室のソファにかけていた芥川は、部屋にノックもせずに飛び込んで来た、直属の部下の騒々しい声に鬱陶しそうに振り向いた。



「・・調査員の幸田が、瀕死の状態で発見されました。」


「・・!コウダ!?
まさか、舞姫のカーディアンか!」



珍しく声を荒げた。
部下の前でこのように声を上げることなど、滅多にない。しかも自分の部下でもない構成員の負傷だ。いや、芥川が部下の死においても声を荒げたことなどただの一度もない。




「話はできるのか?」

「いえ、今は意識がないとのことです。
・・あの、それで・・」


「なんだ?はっきり言え。」


「舞姫さまが・・、どうやら連れ去られたようです。
先日芥川さんと我々が壊滅状態にまでした、例の組織の残党が残っていたようで、どうもその報復のようなのです。」



またか。
弱いものはすぐに報復などと言うものを考えてくる。



「舞姫を助けにいく。」



「あ、ひ、一人でですか!?
我々もお伴します!」


「いや、いい。ヤツガレ一人で行く。
樋口に連絡をしておいてくれ。舞姫を連れ戻してくると。」




そう言い残すと、あっという間に敵組織のある住所の書いた紙の場所へ消えて行った。
きっと1時間もしないうちに、お姫様を連れて戻られるだろう。
あの方の強さは、人の強さではない。
それを知らずに、あの方の大切なものを奪うとはなんとも命知らずな奴らだ。


その場にいた数人の部下たち全員が、
同じように思っているはずだ。
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