大人になりたい!

□3冊目
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「ごめんすっかり遅くなったね。」


「楽しかったです。疲れてないですか?」



そんな会話をしながら車に乗り込んで、帰途についた。

私は、赤羽さんの運転する横顔を見ながら考えた。




本当に付き合っている女性はいないのだろうか。
私のような女子高生と、週末に出かけてくれる前に
きっと誘いもあるだろう。

手を繋いだのだって、
女性になれているのだろうか。



すごく嬉しいのに、少し切なくなった。
かっこいい、と思う。きっとモテると思う。
だからこそ、知らない大人の世界と見えない生活が不安になる。


なんて欲張りなんだろう。
私って、
だめだなあ。





「どうかした?」


「え、いえ。あの、

・・赤羽さんて、会社員でしたよね?」



私は急に話しかけられて、慌てたのかそんなことを聞いてしまった。


「んー、正式に言えば公務員なんだけどね。」


「公務員、ですか。」



「意外だった?」


「んー。。まあそうですね。
忙しいみたいだし、海外の出張にも行ってたって言ってたから、会社員だと思い込んでました。」



「恋ちゃんは、何になりたいの?
まだ決まってない?」



自分の進路のことを話したことは、
まだなかったかな。
がっくんには少し話してあるけど、友達にもあまり話していない。



「まだぼんやりしているんですが、保育士になりたいです。」


「保育士か。いいね、合っているよ。」



赤羽さんは優しく答えたくれた。
”合っている”とそう言ってくれただけで、勇気が持てる。

がっくんも賛成はしてくれたけど、保育士はもったいないと言った。
確かに、保育士なら短大でも十分なれるし、4年生大学でも保育科はあるが普通の保育士になるなら、2年でも十分。でも私がやりたいのは、現場の保育もだけど、保育のあり方だったり研究の方。



「子供好きなの?」

「まあ好きですけど、どちらかというと保育園の保育方針とかそっちの勉強したいかなって。まずは大学でそういうゼミに入って・・ちゃんと保育士もとりたいし。
よくまとまってないんですけどね。」


「へえ、すごいじゃん。
ちゃんと考えているね。」



「そうですか?
がっくんには叱られましたけど。ざっくりすぎるって。」



赤羽さんは苦笑いして、でもちゃんと認めてくれた。

私は話しているうちに、いつの間にかうとうとと眠ってしまっていて、
目が覚めた時には、家の前だった。



「恋ちゃん、着いたよ。」


「・・・・」


「・・!わ、寝て・・た?」




寝てしまった・・!
赤羽さんに運転させて、ひとりぐうぐうと・・!

「ご、ご、ごめんなさいっ!!」


「いや、いいよ。俺は平気だけど・・・」



赤羽さんが、やけに真顔でそういうから、彼の視線の先を見ると、


そこに

がっくんが立っていた。







「がっくん・・!」



「何をやっているんだ?赤羽。」


「やあ浅野くん、君こそこんなところで何やってんの?」






車を降りた私と赤羽さんは、私の家の門の前にいたがっくんに鉢合わせした。

がっくんの表情は見るからに怒っていて、機嫌が悪そうだ。





「女子高生をこんな遅くまで連れ回して、何をやっているんだと聞いているんだ。」


「遊びに行ってきただけだけど?
恋ちゃんと二人で。」




「あの、がっくん・・」



「恋を弄ぶのはやめてくれないか。
僕の大事な妹のようなものだ、お前の自由にはさせない。」



「はあ?浅野くん、それってもしかしてヤキモチ?
俺と恋ちゃんが二人っきりで遊びに行ったのが、そんなに気に入らないの?」



赤羽さんは喧嘩を売るように、そういうと、
がっくんはその言葉の直後、私の腕を掴んで強く引っ張った。




「来い!こんなやつと一緒にいる事はない!!」



「待って、がっくん!
私が行きたかったから連れて行ってもらったのに、そんなのひどいよっ

赤羽さんはすごく親切だし、がっくんがどうしてそんなに怒るのかわからないよ!」





少しだけ、がっくんが驚いたように見えたが、
気のせいだったかもしれない。


「怒るに決まっているだろう。
大切な恋を無断で連れ出されて、
それにお前も不用心だ、男の車で出かけて眠るなんて!」


「・・う、
でも、、、」



「さあ、行くぞ、」


がっくんは家の門を開けて、私の腕を引っ張りながら家の玄関のほうへ歩いて行った。

赤羽さんにお礼も何も言えてなくて、
泣きそうになるのをなんとかこらえながら・・
でも、何の言葉も出てこなくて、思いつかなくて。



「赤羽さんっ・・」



「恋、来るんだ!」


ただただ、悲しい気持ちのまま車のそばに立っていた赤羽さんを見つめるだけだった。
赤羽さんはそのまま車に乗り込んで、
私たちが家の玄関の扉を渋々開けて中に入ると、
音もほとんど立てずに車を走らせて行ってしまった。




「・・がっくん、ひどいよ。」


私は涙を落とした。
掴まれた腕は、少しだけ赤くなってる。
ヒリヒリとした感触が残っていて、それは心に強く突き刺さった。



「恋・・あいつだけは、

ダメだと言っただろう。」




「でも悪い人じゃない・・」


「それでもダメだ。
君が他の誰とでも、何かをすることを、
僕は黙って見ていられない。ましてや、男の車で二人っきりなんて・・」



がっくんは、

大きな腕で私を包んだ。
そっと。



私は驚いて顔を上げたかったけど、
がっくんの顔を見る勇気がなくて、そのまま胸に顔を埋めることになった。


「あ・・、がっく・・」


「僕は、恋が大事なんだ。
ずっと一番大事だと思えるのは、恋だけだよ。」



うちの玄関の中は土間の部分が広く、
その場所で私とがっくんは抱き合うような形で立っている。

こんなの、

こんなのって・・




「・・私にとってもがっくんは大事だよ。
いつも助けてくれる、いつも守ってくれる、

でも、私、がっくんとそういうの、意識した事は・・」




「まだ君は高校生だ。
僕だって、今すぐどうにかなろうと思っているわけじゃないさ。
でも、高校を卒業したら、君にはきちんと話をしたいと思っていたんだ。

妹としてではなく、女の子として。」





初めて知った。
がっくんがそんな風に考えていたなんて。

でも、違う。


私にとって、がっくんは・・




「がっくん、・・のことは好きだよ。
尊敬してるし、がっくんのことは小さい頃から誇らしいよ。
私のお兄ちゃんだって思ってる。

憧れてたし、ううん今も憧れているよ。」





私は涙目になっていると思う。
伝えるのが精一杯。
出来るだけ、傷つけたくないし、嫌いにならないで欲しいとも思っている。


「でも、今は・・赤羽さんが・・っ」





「好きなのか?」



がっくんが低い声で聞いた。
そして、両腕を解いてくれて、
私と、がっくんとの間に隙間ができた。



「・・好き・・」




「・・やめておけ。」


「私は子供だし、相手にされないことも、わかってるんだけど・・。」



ようやくがっくんの目を見れた。
私、ひどい顔していたのか、一瞬がっくんが驚いたような顔をした。




「やめておけよ。君のためにならない。
傷つくだけだ。」



「・・うん・・」




「僕と、あいつなら・・
あいつの方が、いいのか?」




「選べない・・

別々の大切な人で、私を支えてくれた人、だから。」




がっくんがため息をついたような気がした。
頬を涙が伝う。





「卒業まで、待つつもりだったんだけどな。」



がっくんが、さっきとは違う優しい声で、
泣き止むようにか慰めるように頭を撫でてくれた。

温かい手・・。



「君のことを、大切に思っていたのは僕も同じだ。

特別にも感じていた。」



頭を撫でる手は、ゆっくりとなんども撫でて、
うつむく私は顔を上げて、大好きながっくんの瞳に入った。




「高校生になった君に会って、あまりに綺麗になってたから
驚いたんだ。
それから、、君のことをずっと見てきた。」




それからがっくんは少しの間黙って私と見つめ合う形になり、
どうしたのだろうと、言葉をかけようか迷っていた時、



「でも、やはり僕は教育者だ。
この先は卒業してから、伝えたい。

君が卒業したら、必ず伝えるから。それまで待っていて欲しい。」




待っていて欲しい、という言葉に、
がっくんの教師としての強い意志が伝わってきて、
そういうところががっくんらしいなあ、なんて嬉しくなってしまった。



「・・がっくん・・。」







赤羽さんが、好き。
でもがっくんのことも、ちょっと種類は違うけど、好き。

違う「好き」が、私の中にあって、
今は、
そのどちらにもすがっているみたい。



「好き」が私の力になっている。

だから一人でも頑張れた。








がっくんは、強く引っ張って私の赤くなった腕を、優しく撫でて、
ごめん、と謝ると

帰っていった。
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