サクラサクラ


□2、森の木漏れ日
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蔵馬視点


ここの所、幽助は強くなるために修行に行っていて、桑原君との特訓が毎日の日課になっている。
学校から帰ると、必ず郊外の人気のない森林公園へ行き、俺の知っている戦いの知識を与える。


思惟には、ほとんど会えていない。

学校で見かける程度で、ここ二か月間ほど下校も別々で、まれにうちに遊びに来る程度だ。
暗黒武術界に出ることも、言えずにいた。



「なあ、蔵馬。

思惟ちゃんとは、ちゃんと会っているのか?」


特訓の合間に休憩していると、横でジュースを飲んでいた桑原君が切り出した。



「いえ、全然。2週間ほど前にうちに夕飯を食べに来ましたけどね。」


「いいのか?俺に付き合っていて、ほったらかしになってんじゃないのか?」


意外と桑原は心配性だし、気を遣ってくれるようだ。


「思惟は俺の彼女じゃないんですよ?

ほったらかしだなんて思ってませんよ。」


「そうかな〜。

蔵馬はいいのか?
飛影の奴は、かなり気に入ってると思うけどなぁ。あんな可愛い子がメシ作ってくれて、毎週通ってるなんて、ふつうないだろよ。」



桑原くんの言っていることはもっとも。
俺のところにも怪我した時は来るが、ほとんど神出鬼没でどこにいるかわからない飛影が、毎週通っているっていうのは、意外である。

思惟のことをよほど気に入っているってことだろうか。



「さあ、そろそろはじめましょうか。」



少々わざとらしかったかもしれないが、話を逸らすかのように、特訓に戻った。



思惟のことは、ずっと気になっていた。
水曜日は飛影が来ることも、ほとんど会えなくて話もできずにいることも。
メールでさえも送れていない。
そんな不安もあったが、暗黒武術界にゲストとして呼ばれたからには、相応のリスクが伴う。
思惟やかあさんを危険な目に合わせるわけにはいかないし、彼女を絶対に妖怪たちの大勢いる中に連れて行きたくなかった。
思惟には、暗黒武術界に行くことを黙っているつもりだった。
もちろん、コエンマやぼたん、桑原君にも口止めして。















そろそろ思惟の気が弱まる頃だ。


学校でも彼女の気が、感じられない日が続いている。いつも気の弱まる日は、どこにいるかも分かりにくい。
登下校は無事に行き来できているみたいだが、体調はいいのだろうか?




掃除時間中、

たまたま、掃除時間にゴミ捨て場に行く途中の思惟の友達に声をかけられた。



「あ、南野先輩!」

思惟とよく一緒にいる中等部の女生徒だ。



「中等部の関谷麻里です。思惟とは同じクラスで親友です。

あの、思惟と最近登下校別々ですけど、喧嘩でもしたんですか?
あの子、何も言わないしここんとこ会えないから聞けないし・・・。」



「会えないって、どうかしたんですか?」





一瞬嫌な予感がした・・・。



「思惟、もう一週間も学校休んでるんですよ?もしかしたら、また身体の具合が悪いのかと思って。」


「・・・!俺もしらなかったです。今日、学校の帰りに思惟のうちに寄ってみます。」





学校に来ていない。


確かに、ここ一週間ほど彼女の気を感じていない。思惟の家の結界は、俺や飛影が入れるほど弱まっていた・・。たぶんコエンマも雪菜ちゃんの一件や戸愚呂兄弟のことで、忙しかったはずだ。








午後の授業は、具合が悪いと言って早退した。

胸騒ぎが収まらない。



思惟のマンションのチャイムを何度も押したが、応答がない。
俺は、昼間の人目を気にしながらも、隣家の屋根と木々を伝ってベランダへ降りた。飛影がいつも来るときに入り口にしているベランダは、鍵どころか、開け放してあった。



「思惟!!」



室内は、荒れている様子はなかったが、制服もないし朝食を食べたあとの食器が、洗って籠のなかに残っていた。
多分、数日前のもの。



妖気を感じる。わずかだが、邪悪なものの匂いだ。

リビングのイスの上に、うっすらと妖怪に匂いの残る、帽子が置かれていた。
この妖気は間違いなく、戸愚呂兄のものだ。

思惟を連れて行ったことを、示すために置いておかれた帽子である。




「・・・!っく、俺と飛影に向けての挑戦状か!!」


両手のこぶしを強く握りしめた。

・・うかつだった・・・。
奴らが、思惟を見逃すはずがなかった。
俺と飛影がゲストでよばれた時に、どうしてそれに気が付かなかったのか。
思惟のそばにいれば、こんなことにはならなかったのに・・!






今日は水曜日。たぶん飛影が此処に来る。











翌日ー

思惟の部屋に来た飛影と一緒に、俺は幽助たちより先に暗黒武術界会場へ向かうことにした。



鬱蒼とした森の中に、おおきなドームのような会場が作られていて、その中には何万人もの観客が入れる観覧席が試合場を取り囲むように設置されている。

「フン、奴らの宿泊先はたぶんあそこだろう。」


飛影が目線をやったその先には、一般の出場者が泊まるホテルから、少し離れて、主催者やオーナー・ビップ席の客が泊まる立派なホテルがある。


「そうですね、行ってみましょう。」



試合前に、戸愚呂兄弟とやりあうことになるかもしれない。俺も飛影も覚悟の上だった。
そのつもりで、幽助や桑原君には何も言わずに来たのだから。



入り口に差し掛かったところで、一人のホテルマンに止められた。

「お客様、このホテル内では決して争い事はできません。この中では妖気も霊気も使えませんし、人間も妖怪も一緒の宿泊をさせていただいております。
妖気をお静めになってからお入りください。」


「貴様!ここに戸愚呂兄弟がいるだろう。
そいつを呼んで来い。」

飛影が珍しく苛立ってホテルマンに怒鳴っている。



「やあ、蔵馬に、飛影。大会まであと3日もあるのに早い到着だねぇ。」


全く妖気は感じなかった。
ホテルマンの言った通り、ここでは妖気が使えないからなのか、気配さえ感じなかった。



「戸愚呂・・・!」


一瞬にして凍りつくような気配に襲われたが、奴が攻撃をするつもりがないことは、すぐに分かった。
戸愚呂弟、と兄である。


「思惟はどこです?
あなたがさらっていったのでしょう?」


「可愛い彼女に手を焼いていたところだったよ。」

戸愚呂弟がゆっくりとした口調で話かけてきた。



「貴様・・・、卑怯な真似をしやがって・・!」

「ケケケ・・!あの娘、人間かと思ったら妖怪のようだな。不思議な気を持っている上なかなか見ない美人だ、集まってきたオーナーたちの話題になっているぞ。
高く売れるさ。」


戸愚呂兄はさぞおもしろげに言うと、弟の肩から下へ降りた。

その瞬間、飛影が剣を抜こうと手をかけた。


「飛影!待つんだ!
奴の挑発だ。」


「まあ、待て。戦いなら大会が始まってから出来るだろう?
今彼女を呼んできてやるよ。」


飛影は戸愚呂を睨みつけたまま、剣にかけた手を下さなかった。




思惟。

怖がりで、寂しがりで、でもいつも不安な気持ちを隠している。

思惟を放っておいたのは、俺だ。



「く、蔵馬ぁ・・!」


白いワンピースを着た、まぎれもなく思惟だった。
半泣きの顔で、よろよろと歩いてきて、俺たちが駆け寄ったときには、こちらへ倒れこむようにしがみついてきた。

「思惟!大丈夫ですか!」

抱きかかえた肩から、痩せてしまったことがわかる。食べてないのか?


「・・蔵馬・・、」


「その御嬢さん、ここに来てから、全然食べないから困っていたよ。このまま死なれても困るんでねぇ、とりあえず一旦あんたたちに返すが、彼女はこの大会の景品になったんで、またあとで奪いに行くけどね。」


「・・なっ!」

「景品だと?!
貴様、ここで殺してやる!」

飛影が剣をついに、抜いた。



「だめ・・ひえい。

此処では戦えない、だから行こう。」


弱弱しい声で、思惟が訴えた。
確かにここでは、武力が行使できないような結界が張ってあるように思える。

「その御嬢さんの言うとおりだよ。

まあ、浦飯にもせいぜいよろしく言っといてよ。」



俺の両腕の中にしっかりと抱きかかえられた思惟は、飛影が剣を鞘に納めるのを見ると安心したかのように、目を閉じて意識を手放した。



もう、奴らには渡さない。
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