サクラサクラ


□3、流れる雲
1ページ/8ページ

ずいぶんと涼しくなってきた。
季節は、もうすぐ秋になる準備を始めているようだった。
学校の桜の木は葉が落ち、残っている葉は黄色く色づいていた。


いつもの桜の木の下の、ベンチへと歩く。
かさかさと枯葉が靴にまとわりついてきて、おもしろそうにそれを取り除いていた。

「思惟ちゃん、待ち合わせ?」


さらさらの長い栗色の髪の毛は、振り向いた瞬間、きらきらと輝くように光を反射する。


「先輩・・。

今から部活ですか?」



薄い茶色の瞳は、優しく微笑んだ唇の色と、よくあっている。
綺麗な子だ。


「そ、今からランニングだよ。」


「頑張ってください。」



そういって、髪の長い彼女は、すぐ後ろにあるベンチに腰かけた。
なんだか嬉しそうだ。
でもそれは、サッカーのユニフォームを着た先輩ではなくて、他の者に向けられた笑顔だとすぐに分かった。

少しつまらなさそうに口をとがらせたが、その男子生徒はすぐに笑顔に戻って、手を挙げて合図をすると、ランニングを始めた。
少し走ったところで、振り向いて、

「思惟ちゃん、南野に飽きたら、おれんとこ来いよーー!」


一瞬きょとんと眼を丸めたが、ぷっと噴出して、綺麗な少女は肩をすくめた。
入れ違いに、制服をきりっと着こなした待ち人がやってきた。


「ごめん遅くなって。

高柳、相変わらずだな。」



「蔵馬!

もう部活はいいの?」


「ええ、今日は休みですから。」


紅い髪を少しだけなびかせて、スッと立つ姿はとてもきれいだ。
数分前、一度靴箱のところにいるのを見かけたが、そこで高校生の女生徒2人に声をかけられているのを見た。
高等部でもずいぶんモテるのだろう。

優しいまなざしは、そのまま思惟の瞳に注がれた。その翡翠色の瞳は、誰にでもまっすぐで優しいのだろうか。


この頃は、彼の瞳を見るたびに、いつもそんなことを考えてしまうのだった。



「今日は、生ぬるい風ね。」


二人は、ならんで歩き始めた。
夏を越す間に、蔵馬はずいぶん背が伸びたみたいだった。

こんなに、見上げてたかな・・。


横を歩く蔵馬の顔を見上げながら、思う。
中三の自分も、少しは背が伸びたと思っていたけど、先日測ったら去年から一ミリも伸びていない。
もうすでに、蔵馬とは20センチ近く身長差があるだろうか。


「どうかしましたか?」

「んん、何も・・。」

難しい顔をしていたのか、蔵馬に見透かされてしまっていた。


「テストも終わったし、やっとのんびりできそうだね。」



蔵馬は嬉しそうに、歩く思惟を眺めながら、考えていた。
今日は、クラスの女生徒の肩に、魔界虫が止まっているのを見つけた。隙をみて退治したが、最近何かがおかしい。

またしばらくは思惟から目が離せないな、などと思いを巡らせる。すっかり彼女中心になってしまっていた。




「思惟は、高校はどうするんです?」



「うん。実は悩んでるの。

このまま盟王学園の高等部でもいいし、椙ノ山女子高校もいいかなって。」




「椙ノ山か・・。近いけど、盟王とは反対方向ですね。なぜ椙ノ山なんです?」



実際、盟王学園の高等部に行きたい気持ちのが強かった。ただ、そこをあえて別の高校にしようと考えたのには・・・・


(蔵馬に、迷惑をかけたくないから・・・)




「ん、女子高ならいろいろと楽かなって。」



とても、蔵馬のほうを向いてこたえることなどできなかった。
下を向いて、いつもより早口で言った。
うそつきだ。そんなこと思ってもいないのに。


「思惟の理由は違うでしょう?」



「!」



「そんなこと・・」


あっさりと見透かされ、一瞬動揺して蔵馬を見ると、困ったような顔をしていた。
溜息でもついたかのような、そんな表情だ。




「俺、ですか?

おなじ高校にいるのは、嫌ですか?」


「ち、違うよ。蔵馬じゃない。」




あわてて訂正したが、やっぱり蔵馬の目を見れない。
でも、よくわかっていた。
彼を、誤魔化すことなんてできない。
心の中をすべて見透かしたように、なぜかいつも気づかれてしまうからだ。


「ごめん・・・、決めたら、また言うね。」




そういって、無理やり話題を終わらせると、なんだか気まづくなってその先の交差点で別れた。
買い物をして帰るからと言って。



それから次の日は、蔵馬が部活がある日だったので一人で帰った。
思惟にとっては、都合がよかった。
一緒にいれば、全部見透かされ、見抜かれてしまう。そのくらい蔵馬は感がいいし、鋭い。
いや、逆に嫌われたと思われたほうがいいのかもしれない。
何かあれば、蔵馬は自分を犠牲にしてでも助けようとする節がある。

それだけは避けたい。









数日後。


今日は曇り空で、蔵馬は遅くまで部活があると言っていた。

ここの所、蔵馬のうちへご飯に誘われた日以外は、一人で帰ることも多かった。




大きな公園を抜けて帰ろうとすると、行く先に盟王の制服の男子生徒が立っていた。他にも他校の制服の生徒が二人。
見たことないが、高等部の先輩のようだ。




「やあ、相田思惟さん、だよね。」


黙って、距離を置いたまま身構える。
いつもなら、待ち構えて思いを告白する男子生徒や、ケイタイ番号を聞く者やアドレスを渡す者が殆どだ。でも、少し様子が違う気がする。

いつもこういったときは、体が石のように固まって、動けない。怖がりな自分を恨めしくなる。




「誰ですか?」


「南野のクラスメイトだよ。
君のことはよく知っている。

中等部の3年生だろ?学校一の美少女で、成績もいいし、性格もいい。
まるで南野の女版みたいだ。」


馬鹿にされたみたいで、ちょっと悔しいが、それよりも両手が震える。
なにか、この人たちはおかしい。


「わたし、帰る途中なんです。」


相手にしたらダメだ。
今までも何度もこうやってからまれたりしたが、そのたびに蔵馬が助けてくれた。
でも、それももう終わりにしなければいけない。
いつまでも頼っていたら、だめだと言い聞かせた。


「震えてるね。君可愛いね。
うちのクラスの男どもが、君のことを噂していたけど、わかる気がするよ。」


眼鏡を持ち上げてそう言う、盟王の先輩はやけに冷静に笑う。


「おとなしくついて来れば、乱暴はしないさ。」

横に腕組みをして立っていた、目つきの鋭い男子生徒が言った。



「ほんとに可愛いや。モデルみてー。」


上から下までじろじろと見た、三人目の男の子は髪を立てていて、ガムをかんでいる。


「か、帰るからっ・・」

すり抜けて通ろうとしたとき、右腕をぐいっと引っ張られた。


「きゃっ!!」

その勢いで、足がふらつき倒れそうになったところを、金髪で目つきの鋭い男に支えられた。

その瞬間、体が動かないことに気が付いた。
力が入らないわけではない、でも動けないのだ。



「別に変なことをしようってんじゃないぜ。

ただ、南野と飛影っていうヤツをその気にさせるためにあんたが必要なんだ。」


蔵馬と、飛影!?
この人たちは、普通の高校生じゃない。

「あなたたちは、誰なの?」


盟王の制服を着た、海藤と名乗ったセンパイは思惟の落とした鞄をそっと拾った。



「俺たちは、特殊な能力に目覚めた、ただの人間だよ。
相田さんも知ってるんだろ?
南野が妖怪だってこと。

そうそう、学校中うわさになっているけど、実際、あんたら付き合ってんの?
俺はそれほど興味はないけどね。」



悔しかった。
蔵馬の重荷には絶対になりたくなかったのに、こんなところでつかまって、結局蔵馬に迷惑をかけてしまう。

口を紡いで、それからあとは、なにも答えなかった。
それから、彼らに連れて行かれた場所は、古い不思議な建物で、中に入ると意外と片付けられて綺麗だった。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ