おとしもの
□6.秋風
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合宿が終わると、いよいよ9月。
うちの学校は2期制だから夏休みが終わってもまだ前期の途中で、夏休み明けにはすぐに期末テストがある。
真太郎先輩こと緑間先輩は、成績優秀だしきっと余裕だろう。
高尾先輩も成績は学年でも半分よりは全然上のほうらしいし、心配はいらなさそう。
「まずいなぁ・・。」
問題は学業というよりは、ピアノのほうである。いくら合宿中に練習をしたとはいえ、普段の半分も弾いていない。
そのうえ、音楽科のほかの生徒と違って、レッスンを一切受けていないのだから、それはもうピアノの技術は格段に落ちているだろう。
実際、指が動かない。
弾きたいように弾けない。
じれったい・・
音楽科は、学科とは別に期末テストでは実技のテストもある。
課題は2曲。
うち1曲は何とか弾けるが、あと1曲がどうしても間に合わなかったのだ。
せいくんこんばんは。
やあ、
合宿はおわったかい?
うん
疲れたよー
でも行ってよかったよ
そうか。
夏休みの課題は
終わったのかい?
うん、そっちは大丈夫
ただ期末テストが
心配だなぁ
ピアノのほうも・・
勉強を教えて
あげられないのが
残念だよ。
うんうん(´;ω;`)
ほんとに・・。
・・・🌻・・・🌻・・・🌻
合宿から帰ると、翌日に小羽からメールが来た。
つい昨日まで一緒にいたのに、もうこんなに離れているように感じるのはなぜだろう。
内容は、合宿から帰った報告と、期末テストの心配だった。
洛山のメンバーたちも今日は普段通り練習をしているが、合宿に参加した俺は一日オフになった。
合宿中、黄瀬と小羽が二人だけでいることはなかったが、時々黄瀬が近寄って行っては、小羽を気遣う姿を見た。
小羽は、黄瀬を大切に思っている。
だからこそ、さらに後悔の念と彼女への想いは膨らんでいき、でも彼女の支えになることを望んだ。
小羽が辛い思いをしないように・・
合宿中に、ほかのマネージャー達の小羽への嫌がらせに気付いた。
そのやり口は、大事な連絡を伝えなかったり、一人で洗濯をやらせたりと、体なんかを傷つけることなどはない内容だったが、彼女がそれでも平気なふりをして頑張ろうとする姿が、痛々しく思えた。
黄瀬や桃井、キャプテンである俺や緑間たちに気付かせないように、といつもどおり仕事をする小羽を守ってやろうと手をまわしたが、同じことを緑間が考えていたようで、結果二人で他校のマネ―ジャーに釘をさすこととなった。
小羽には内緒に。
それは緑間も俺も言い出さなかったが、暗黙の了解だったのだと思っている。
彼女は、優しい。
他校のマネージャーを責めることもなく、黄瀬にも黒子にもほかのメンバーたちにも、心配させないようにと務める。
そんな小羽を目で追っている者が、俺や黄瀬以外にもいたことに気が付いて、
いつも陰ながら支え、守っているその男が彼女に想いを寄せていることにも気が付いた。
「真太郎先輩!
ラッキーアイテム、ありましたよ!」
嬉しそうに駆けてきた小羽が掌に載せていたものは、たんぽぽだった。
中庭かなんかで取ってきたのか、水を入れた小さなプリンの小瓶に生けてあって、まだ生き生きとした可愛らしい黄色。
緑間は、そのたんぽぽを受け取ると礼を言った。
「ありがとうなのだよ。」
「いえ、どういたしまして。
一本だけ咲いていたやつなので、大事にしてくださいね?」
「わかったのだよ。」
幾分か、緑間の表情が明るく感じた。
マネージャー業に戻る彼女のうしろ姿を目で追っているのは、彼が小羽の事を特別に想っているということを感じさせた。
そんな合宿中に、あることが起こった。
「黄瀬くん、
わたし・・黄瀬君の事、1年の時から好きだったんです。」
「え、っと。
1年の時に俺と会ったことあったッスか?
ごめんス、知ってると思うけど、俺彼女いるんスよ。
ファンとしてっていうのなら、有り難いんスけど。」
明らかにファンとしてって感じではなかった。
黄瀬もそれはすぐに気が付いていたようで、はっきりと断ってはいたが、それが結果小羽への嫌がらせにつながってしまったことは、黄瀬には知る由もなかった。
そんな日が2日・3日と続いたある時、小羽と外水道のあるところで話す機会があった。
「やあ、元気がないようだけれど、どうかしたのかい?」
「赤司さん・・。
大丈夫です、合宿も後半に入って、少し疲れているのかもしれません。」
「そうか。
あまり無理をしないように。
ただ、元気がないのはそれだけかい?」
「あの・・
バスケに関係ないこと、聞いてもいいですか?」
「俺で答えられることなら、だけどね。」
小羽は少し考え込んで、話し始めた。
立ったまま、下を向いてこちらを見ずに。
「赤司さん、
もしも赤司さんの彼女が、
ほかの男の人とすごく楽しそうに話をしていたら・・
腹が立ちますか?
怒ったりとか、落ち込んだりしますか?」
思わず、彼女の様子を覗き込んでしまいそうになった。
それ程に下を向いて、恥ずかしそうにしているではないか。
「うん・・そうだね。
俺は付き合っている彼女というのはいないから、参考にはならないと思うけど・・。
ヤキモチを妬くだろうね。おそらく。
それは黄瀬にヤキモチを妬いているって話かい?」
彼女は顔を真っ赤にして、それでも一生懸命顔を上げてくれた。
「・・・・あの、
実は・・ヤキモチがわからないんです・・。
ファンの女の子とか、学校関係の女の子とか、着いてくる子も中にはいますが、全然ヤキモチ妬いたりとか、ないんです。
告白とか、偶然見てしまった時も、りょうくんは凄い人気なんだなーってくらいで、なんとも思わなくて・・。」
それって、やっぱり変ですよね。
そう言った彼女の顔は、泣きそうだった。
今にも、泣きそうで、その理由は
俺にはすぐに解った。
――彼女は、小羽は、黄瀬を本気で好きでないことを、気づいたんだな、と。
どうせ、小羽のことだ。
この先、黄瀬を傷つけてしまうことを、後悔しているのだろう。