おとしもの

□8.立春の花
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💛会いたい






叔母さんとピアノの先生を控室で見送って、


着替えをしようと、髪飾りを外したその時、

メールが鳴った。







♬♩♪〜





なんとなく、一呼吸付きたくて
ドレスを脱ぐ前に携帯を手に取りメールを開くと、



せいくんだ。











  お疲れさま。
  よかったよ。
  すごく感動した。

  いい曲を聴かせてもらえて
  本当によかったよ。

  






           どこにいるの?










つい、そう聞いてしまった。


会いたい。


会ってもいいのなら、







会って、せめて





いままでのお礼が言えたら。










  会場の玄関前だよ。
  小羽の写真が載った
  パンフレットを買って帰るよ。




          

  
  

ドレスのまま、携帯だけを持って

控室を飛び出した。





こんなにも一生懸命走ったことが
あっただろうか。基本運動は得意なほうではない。だから選手じゃなくてマネージャーが良いと思ったほどだから。




苦しいとか息が切れるとか、
そんなこと一切考えなかった。


会場の入り口まで、一気に走ると、
ロビーにちらほらと人が歩いている。
楽器店の売る、CDを買う人、楽譜を買う人、それからパンフレット売り場。










「すっ・・すみません、

さっき、若い男性がパンフレットを買いませんでしたか?」





「あぁ、さっき一人買っていったね。

向こうへ歩いて行ったと思うけど・・。」




「あ、ありがとうございました!」






あっちと売り場の人が指さしたのは、外へつながる出口のほうだ。

もう、
もう行ってしまったの?



近くで会うのが許されないのなら、

遠くからありがとうって

言うだけでもいい。



だから神様っ・・





会いたいよ









ドレスをたくし上げて、またロビーから出口へ向かって走り始めた。


ドアを開けて外へ出ると、
冷たい風が肌を刺した。




誰もいない。



外は、特別寒い日だからか、人は数人しか歩いていなくて、
でも、もしかしたら数人歩いている人のうちの誰かが、せいくんかもしれないと、会場入り口から続く長い階段を駆け下りた。








ちがう。


電話の声は、
若い男性だと思う。





なのに、

そこにいる人たちは、散歩中のお年寄りや小さいお子さんを連れたお母さん。
若い男性は一人もいない。
  






もう行ってしまったの?


やっぱり会いたくない?





涙が、

ぽろりと一粒おちた。








やっぱり見回しても、それらしき人物は見当たらなくて・・・
あきらめて、降りてきた階段を上り始めた。
一段一段、歩くたびに、

ぽつり ぽつりと

涙がこぼれた。





会いたかった・・なぁ。


















♪〜♫〜🎶♩🎶〜





電話、出れるような状況じゃないのに。

画面なんて、涙でにじんで見えない。


いつものように、携帯の画面をスライドして電話をとった。




「はい・・。」







『どうしたんだい?小羽。

折角すばらしい演奏をした後なのに、元気がないね。』





「・・っせ、せい・・くん。」



『さっきも一度電話をかけたんだけど、出なかったからね。』




「え・・き、きがつかなかった・・。」




『早く階段を、上がっておいで。』





「・・え・・・?」






まさか、




階段を見上げた。


そこには人の姿はない。





必死に駆けあがった。

さっきは駆け下り、今度は駆けあがって・・
この動きにくいドレスで、
でもそんなこと気にする余裕なんて全くなくって・・




はあっ、はあっ・・・



息が、




あとどれだけ・・?


顔を上げると、

そこには







赤い髪の、


あの人が立っていた。







「あ・・れ?

赤司さん?」






赤司さんは、電話中だ。

コンサートを聴きにきたのか、誰かと待ち合わせなのか・・。






「・・・・?」



もう一度、周囲をきょろきょろと見回した。






「『どこを探しているんだい?』」








携帯の中の声と、


少し先の、目の前にいる人との声が、

シンクロした。





「え・・なんで?」




『やあ、はじめまして・・かな。』





「・・・・・・」




赤司さんは、わたしの方をまっすぐ見つめて、携帯を耳元から外してそう言った。




「・・どうして・・電話・・・」



「聴きに行くっていっただろう?
ずっと君の事を見てきたんだ。京都でコンサートがあるっていうのに、俺が行かないわけないだろ。」




そういって、赤司さんは、階段を一歩一歩こちらに向かって降りてきた。

その距離が、目の前まで縮まると、優しく笑って、わたしの涙まみれの顔を覗き込んだ。





【京都に住んでいた】

洛山高校



【バスケの試合にはいつも行っている】

洛山高校は毎回出場している



【電話での声、話し方】

そういえば、そのまんま赤司さん



【せいくん】

赤司 征十郎さん





どうして気が付かなかったのだろう・・

ほかにも、ほかにもたくさんの事が繋がり始めた・・・










「・・うそ・・

せいくん・・なの・・?」




「ずっと小羽の事を見ていたよ。」






赤司さんが・・・

せいくん、なの?



携帯を拾ってくれたのも・・?





「この携帯、星の飾りもあの時のままだね。」



言葉が出てこなくて、頷いた。





「・・会いたかった・・っ・・ずっとっ・・!」



そういうと、赤司さんはそっと近寄って、私をそっと抱きしめた。
お互い何も言わなかったし、

もう自分の気持ちは、ちゃんと解っていた。






せいくんが、


好き。






「・・せいくん・・」


「ん・・、まるで・・シンデレラだね。」


「・・ふふっ、ちゃんと靴は履いてるよ?」


「寒いかい?」


「大丈夫・・。走ったから。」




頭を、せいくんの胸へくっつけたまま、
話をした。




「あの・・、ありがとう・・。」


「なにがだい?」


「今日来てくれて。あと、今までの事。
たくさん助けてもらったの。辛い時もいつもいつも。」


「俺のほうこそ、助けてもらったよ」





「あ・・、」


「どうしたんだい?」


「もしかして、緑間先輩たちって、知って・・」







とっくに手にしていた携帯は、地面に落ちてしまっていて、




ずっとこのまま、

時間が止まってしまえばいいって思った。
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