おとしもの
□10.赤いあの人と
11ページ/11ページ
◆◆◆◆
目を開けたのは、朝日が差し込むのが見えたから。
あぁ、もう朝なんだと、気怠い体を感じながら寝返りを打った。
そのとき、自分の体に触れる人肌に気が付いて少し驚いたが、すぐに昨日の晩の行為を思い出して、自分の体を包んでいるのが、大好きな人なんだと気付く。
すっぽりと体を両腕で包まれていて、すうすうと寝息を立てているのをわたしはそっと盗み見た。
・・こんなに寝てるの、初めて見た。
人前で、眠ったことはあるのだろうか。
少なくとも、小羽は今回、一週間という期間をともに寝起きするまで、征十郎の熟睡というものは見たことがなかった。
ただ、いつまでもこのままではいられないと、両腕をできるだけ動かさないように、そっとその囲みから抜け出すと、ベットの周りに落ちていた服を2枚ほど見つけて拾い、シャワーをしにバスルームへ向かった。
シャワーを終えると、音を立てないようにそっと扉を閉めて部屋に戻る。
すやすやと気持ちよさそうに眠る征十郎を見ると、その両腕の中から抜け出したのは、少々もったいなかったかもと、後悔した。
ベットの淵っこに座ると、不意に右手をぐいと引っ張られて、ベットへ背中から倒れた。
「ひゃあっ・・」
「・・・おはよう・・・」
少し、機嫌悪そうに上から見下ろされると、そのまま体ごと引っ張られて、もう一度ベットに入れられた。
征十郎の体は、まだ何も身につけていないから、寝起きで生あたたくて、
なんだか昨日の行為を証明しているようで、恥かしかった。
「・・一人で抜け出して行くなんて、あんまりだね。」
「あ・・、ごめん。
シャワー借りてた・・」
指が頬をなぞる。
昨日何度も見た、うんと優しい笑顔。
「・・まあいいさ・・。
小羽、・・・体は大丈夫かい・・?」
「あ・・、うん、
平気・・・。」
横で、私を眺めているせいくんは、
私が恥ずかしそうに答えたのを、なんだか嬉しそうに笑った。
腰のあたりをぐっと引き寄せられ、ふたたびベットへ引きずり込まれた。うしろから抱きしめられて、征十郎の体温の残ったままのかけ布団をふわっとかけられた。
シャワーを浴びたままで、まだ体も温まっているというのに、せいくんの体温が凄く温かくて心地よい。
「小羽、今日は何したい?」
「・・・もう夜には帰るんだねー・・」
「・・・どこか行きたいところはあるかい?」
相変わらず、私の髪の毛をくるくるといじったり、頭をなでたりする。
嫌じゃないけど・・・
「・・じゃあ、・・・お願いいい?」
「いいよ。」
「あのね、・・・今日は一日家に居たいなー・・
せいくんと一緒に、一日過ごすの。
ソファでテレビ見てもいいし、本を読んでもいいから、とにかく傍で一緒にいれたらいいな・・って・・・」
少し、驚いたような反応をしていたようだったが、そのうちぎゅっと抱きしめてきて、耳元で囁いた。
「・・じゃあ、俺からもひとつ、
お願いがある。」
「え、・・なに?」
耳元に寄せられた唇のせいで、少しだけ緊張した。せいくんがささやいたとき、その表情は見ることが出来ないから、何を言いたいのか見当もつかない。
「・・・小羽がいいというなら・・、
もう一度、
もう一度、小羽が欲しいんだ・・。」
「あ・・、」
「・・あと半年、
あと半年して日本に帰るまでに、
小羽のこの肌の感触とか、柔らかさとか、匂いとか、
忘れないように刻みつけておきたい。
・・だめかな。」
そんな声でお願いされたら、断れないよ。
でも、そう思ってくれることが、なにより嬉しい。
「うん・・私も・・」
そういって、体を反転させてぎゅっとせいくんの首に手をまわして抱き着くと、そのまま首筋にキスを落とされる。
チュッと音を鳴らしてそれは離れると、熱っぽい瞳で見つめられてそのまま、キスをされて服をはがされた。
「・・好きだよ、小羽」
「私も・・・」
ずっと、会いたかった。
だからこそ、それが触れ合っている時間がずっとずっと続けばいいと思うし、少しでも唇が離れることさえ、惜しい気がした。
昨晩と違って、窓からの朝日で明るくなった部屋は、せいくんの表情やそのきれいな鍛えられたからだがはっきりと見えてしまい、ドキドキした。
いたわるように触れるせいくんの指が、もうこれでお別れなのだと思うと、いとおしくて切なくて、少し寂しかった。
でもきっと、私がそんな顔をしていただんろうか、そんなことを考える余裕さえ与えてくれず、ただただ征十郎にされるがままに身を任せた。
ふたりで共に果て、
それから、再び眠りについた。
次に目が覚めたときはお昼に近い時間で、
大事な時間を無駄にしたと嘆いたら、既に先に起きてブランチを用意してくれていたせいくんが、俺は嬉しかったよ、と爽やかに笑った。
あと、7時間もしたら飛行機だ。
朝食兼昼食を済ませると、二人でソファに座ってビデオを見て過ごした。せいくんのアメリカでの生活の話を聞いたり、あっという間にその時間は過ぎて行った。
「小羽、そろそろ出ないといけないね。」
「・・うん。
荷物は昨日まとめておいたから、すぐ出れるよ。」
「空港へ行って、なにか甘いものでも食べようか。」
「うん。」
着替えてスーツケースを用意して、せいくんちの玄関を出て空港へ向かうタクシーに乗った。
空港のカフェで、こっちのチョコレートあまいケーキを食べて、紅茶を飲んだ。
「・・さっきから、喋らないね。小羽」
「あ・・、ごめん。
なんか声を出すと、涙が・・出そうで、」
「・・そうか。
でも、きみの声が聴きたいな。できることなら。」
必死に我慢していた涙が、頬を伝って流れた。
こんな顔見せたいわけじゃなかったんだけどなぁ。だめだなあ・・
「・・やっぱり、寂しいけど・・でもあえて嬉しかった。」
「あぁ、
必ず、あと半年で卒業して帰るよ。
それまで、待っていてくれるかい?」
「・・うん。」
別れはあっという間。
でも、必ず帰ると言ってくれたせいくんの言葉は、凄く私のちからになった。
帰ってきたら、二人でどこへ行こうかな。
せいくんの大好きな湯豆腐食べに行ったら、喜ぶかな。
いつも、いつでも
あの人で、私はあふれている。