大人になりたい!

□1冊目
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あたらしい制服に袖を通したその日、

すでにほとんど散って落ちてしまった桜の花が、

道路を一面にピンクに染めていた。




「きれい・・・」



ピンク色に染まった家の前の道路に、一歩踏み出すと、





「おはよう、恋。」




前に一緒に歩いた時は、少しだけしかかわらなかった背が、
今では見上げるほどになっていて、
あらためて、かっこいいなぁなんて思ってしまった。




「おはよう。がっくん」





以前は腕に腕章をつけた制服だったけれど、今は綺麗に整えられたスーツがとても似合っている。まるでクリーニングしたばかりのように綺麗だ。

自分の着ている真新しい制服ももちろんキレイだが、それとは違う。
凛とした艶やかさと、重ねた経験がそれを引き立てている。




「恋、制服よく似合っているよ。」



そう言って、目を細めて



「そうかな、がっくんの方が似合ってるよ?」


「恋はさ、どうして椚ヶ丘を選んだの?」




橙色の髪の毛がサラサラと風に揺れると、大人になった彼の瞳はほんの少しだけ不安そうに見つめた。




「・・もう一度、この場所で暮らしたかったから。
一番近い高校を選んだだけだよ。」


「もう住んでた家もないのに?」



「だけど、がっくんだっているし、4年ぶりに帰って来たらやっぱり懐かしかったよ?
時々、前みたいに勉強教えてくれたりする?」


不安そうだったその瞳は、
すぐに表情を変え優しく笑った。前よりずっと優しい顔するようになったと、嬉しかった。








そう、中学1年だった頃、
私は椚ヶ丘中学の生徒だった。

両親もいて、近くに住んでいた再従兄弟(はとこ)のがっくんと一緒に旅行なんかにも行っていた。


がっくんこと浅野学秀くんは、
一人っ子だった私の、唯一の相談相手だった。
年は離れていたけど、勉強も教えてくれたし困ったときはよく時間を作って話を聞いてくれて、厳しいけれど的確な答えをくれた。
本当に芯の強い人で、心から尊敬している。





特に、両親が事故で亡くなった時は、
何日もそばにいてくれた。
あの時彼は大学生だっただろうか、きっと何日も家に帰らなかったのだろう。


泣いて泣いて、涙が枯れるまでずっと泣いて、
それでも足りなくて何もできなくなった私のために、ご飯を作ってくれたり、家のことをたくさんしてくれた。




だけど私は、両親を失った寂しさから立ち直れなかった。




そのまま、祖父の家へ引き取られたが
わがままを言って、両親と過ごしたこの土地へ戻って来たのだ。










「どうした?思い出したか?」



がっくんがまた心配そうに顔を覗き込んで来た。
もう元気になった姿だけを見せたいって思って帰って来たんだから、心配させたくない。


「ううん、大丈夫。
ありがとう、がっくん。大好き!」




小さい時みたくそう言うと、がっくんは驚いたような表情をしたかと思ったら、うんと優しく笑った。
何かおかしなことを言ったのかと覗き込むと、今度は目をそらして先へと歩いて行った。


「い、・・行くぞ、遅れるから。」



「・・はい、待って!」





一生懸命がっくんの後ろ姿を追いかける。

これもあの時のまま。何も変わっていない。
今度はこの町で一人で暮らすのだ。

さみしくなんかない。この町には小さい時から過ごした色々な思い出がたくさんあるから。










初登校だからと、一緒に学校まで登校してくれたがっくんは、すれ違う生徒たちに笑顔で挨拶を交わしている。
生徒たちからは人気がありそうだ。

椚ヶ丘高等部の校舎へ近づくと、生徒たちの賑わしい声が聞こえて来た。



校門をくぐり抜け、生徒用の玄関を教えてもらうと後で職員室に来いよと言って、がっくんは職員用玄関へ向かった。
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