舞姫
□A 骨牌(カルタ)
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A 骨牌(カルタ)
ポートマフィア管理の建物内に暮らす、舞姫と呼ばれる少女がいた。
マフィアたちからは、ボスである森鴎外のお気に入りだと囁かれ、その異能力は未だ誰も知る者はいなかった。
「おはようございます。舞姫さま」
「おはよう。
その呼び方、やめてっていってるでしょう?
もうお友達になったんだから、名前で呼んでよー。」
肩に少し届くくらいの、さらりとした栗色の髪の毛を揺らした少女は、丁寧にあいさつをした髪の毛を一つにまとめた少女に向かってそう放った。
ふたりとも同じ制服を着て、似たようなバックをもって、茶色のローファーを履いている。
「しかし、舞姫さま。それではボスに叱られます。
この間も、学校から勝手にお帰りになられたので、ずいぶん探したではありませんか。」
「ご、ごめんなさい・・
でも銀ちゃんには、舞姫ちゃんて呼んでほしいなぁ。」
にっこりと向けられた笑顔は、銀と呼ばれたその少女の頬をほんのり赤く染めた。
そして、二人の行く先に一人電信棒にもたれかかって待ち伏せしている、こちらも制服を着た少年がいた。
「おはようございます。舞姫さま。」
その言葉に、
またもや、少しがっかりしたように舞姫は肩を落としたが、言っても無駄だと諦め、スカートの裾を軽やかに揺らしてさあ行こうと、二人を促した。
高校へ通うのは、初めは無理かと思っていた。
何分、私のうちは両親がいない。
2年ほど前に、たった一人だけの家族だった父が急死してしまい、その時に一人になった。
当時は中学生。一人では生きていけない歳だ。
そのとき、父の友人だという人が、私を引き取り、その人の会社の寮だというマンションへ住まわせて頂いて、高校まで通わせてもらっているのだ。
淋しくなんかない。
寮の隣の部屋には銀ちゃんいるから。
いつも私の傍にいてくれるし、学校では幸田くんも一緒にいるから、なにかと心強い。
「今日は学校が終わったら、ボスが部屋へ寄って欲しいと仰っていますので。」
「わかったわ。
銀ちゃんと幸田くんも一緒に行くよね?
久し振りにエリスちゃんにも会えるかな。」
私たちがポートマフィアだということを、舞姫さまは知らない。
きっとどこかの会社かなにかだと、そう教えられているのだろう。
幾人もの血を流し、容赦なく拷問し知らしめることを、日常的に行っている恐ろしい組織だという事を知ったら、このお姫様はどう思うのだろうか。
ボスは、舞姫さまをどのようにお育てになりたいのかと、この一年毎日疑問に思っていた。
彼女が異能力使いらしいということは聞いたけれども、その能力は見たことがない上、私や幸田をボディーガードとして常に傍に置かなければならないほどの存在なのだろうか。
戦闘系ではない、なにか希少な能力なのだろうか。
この件では、兄である芥川も一切口を開こうとはしない。
「ねえ、幸田くん。
明日の球技大会は、何に出るの?」
「私は、サッカーに出ますよ。
先に言っておきますが、応援はお控えください。」
舞姫は遠慮なくほっぺたを膨らませて、反論した。
「なんで?
幸田くんのサッカーみたいのに〜。ね、銀ちゃん!」
「ダメですよ。
あなたが来ると、ほかの男子が騒ぎ出して試合になりません。
それに、応援は嬉しいのですが・・、
個人的に応援されると、クラスメイトから後々酷い目にあいます。」
美少女、
その呼び名がふさわしい舞姫さまの容姿は、学校中が注目する程で、今年の学校祭では1年生ながら見事にミスを勝ち取った。
学校内の多くの男子は、その美少女をどうにかして手に入れようと、次から次へとアクションを掛けてくるために、幸田はいつもそばから離れない。
いつしか、幸田はカレシなのではないかとウワサが広がるかと心配もしたのだが、不愛想な自分も一緒にいるからか、そういう設定にはならなかった。
美少女に、運動神経抜群の男子にミステリアスな細身の女子・・という3人に、クラスメイトたちも異様な雰囲気を感じていたに違いない。
「じゃあ、銀ちゃんの応援しよー♥
銀ちゃんはバスケだよね?きっと銀ちゃんかっこいいだろうなぁ」
にこにこ笑って、本当にうれしそうだと心が緩む。
でもそんなのんびりした気分ではいられないこととなるまで、あと数時間。
あのボスが、数か月ぶりに舞姫さまを呼んだ。
ポートマフィアのアジト内に、舞姫さまが立ち入ることはほとんどない。
ボスが、なぜか舞姫さまには”普通の暮らし”をさせているからだ。
その意図は全くわからないが、
いつか、彼女はポートマフィアのために働くことになるのだろう。でなければ、今の状況はあり得ないからだ。
私たちポートマフィアの構成員には、舞姫さまがここまで大切に大切に、かくまわれている意図が、わからない。
ただ、ただ
ボスにとっては、エリス嬢とは全く違う、異例の扱いだった。