舞姫
□D. 翳(かげ)
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あけましておめでとうございます
探偵社の社長と、乱歩さん・与謝野先生・国木田さんと敦くんと鏡花ちゃんで、初詣へ行った。
探偵社近くの、毎年みんなでお参りに行くところだそうだ。
鏡花ちゃんはいつもの着物に、花模様の上着を羽織り、与謝野先生はロングスカートだった。
私は、ひざ下丈のスカートにブーツを合わせて、コートを羽織った。
みんなでお参りをした後、人混みから逃げるようにおみくじを引いたら、国木田さんがなにやらひどく落ち込んでいる。
「あーー大吉だあ!今年も僕の超推理は完璧だなぁ。」
「私も大吉です。」
「鏡花ちゃんも!?すごい、良かったね。」
「私は中吉だ。」
「社長は中吉かぁ、私は小吉だわ。去年と同じ、ということは今年も面白いことはほどほどってとこかねぇ。」
与謝野先生が、髪飾りを揺らして肩をすくめた。
他のみんなは細長くおみくじをたたんで、すぐ近くの手すりに結んでいる。
「私、小吉だわ。」
私のおみくじは、3年ぶりのものだ。
3年前に、父とお参りしたのが最後。それからは、お正月だからといってお参りなどする気分にはなれなかった。
誰かが誘ってくれることもなかったし、別段行かなくても困らなかったから。
「社長、お守り買ってきてもいいですか?
あと、それから・・その、えと・・ちょっとだけ行ってきていいですか?」
「・・行ってこい。気をつけて行くようにな。」
社長は、私がみんなと離れてある人のところへ行きたいと思っているのが、わかっていたみたいだった。
近くの大きな杉の木の脇からこちらを伺っていた、ある人物の影に。
「ありがとうございます!」
私は、後でメールしますと言い残してみんなから離れると、先ほど私がそうだと思った気配のあった場所に向かった。
「幸田くん!
あけましておめでとう。幸田くんもお参りに来たの?」
「舞姫さま、あけましておめでとうございます。
たまたま仕事の用事で来ただけですよ。
そしたら、探偵社の奴らがいたもんだから驚きましたよ。」
「そっかぁ。偶然だったんだね。
でも嬉しい!冬休み中会えないのかと思った!」
笑ってそういうと、幸田くんは少し困ったような顔をして笑った。
あぁそうか、彼は仕事中だと言った。
きっとポートマフィアの仕事の最中なのだ。
「舞姫さま、お守り買うんでしょう?
お伴しますよ。」
「いいの?」
「この人混みで、舞姫さま一人では危なっかしくて見ていられません。」
「じゃあ、一緒に買いに行こ。
銀ちゃんにも買おうよ。健康祈願と交通安全とどっちがいいかな。」
幸田くんは、学校でと同じように笑ってついて来てくれた。
いつも優しくて男の子らしくて強くて、賢い。そんな幸田くんはお守りを買うのに社務所の前まで来ると、人混みから私を守ってくれて一緒にお守りを選んでくれた。
「えーと・・ピンクのが銀ちゃんのでー、私のが白いの。後これは幸田くんのだよ。」
え?
という顔で渡されたお守りを、じーっとみている幸田くんは再び視線を私に移して少し目を見開いて言った。
「これは、いいのですか?」
「もちろん!もともと二人のを買おうと思っていたの。
幸田くんのは水色、青とか好きだよねー。」
【縁結び】
「・・?なぜ縁結びなんです?」
「あ、あのね。3人がいつまでも一緒に仲良くいれますように。って意味。みんな色違いで同じのだよ。いいでしょ?」
新しい出会いって意味じゃなくて、3人が仲良くってところが気に入ったと、幸田くんは言ってくれた。
でも幸田くんは学校でもすごくモテるから、新しい縁ってことでもいいかも。なんて思ったけれど、いつものごとく面倒臭いと言われそうだから云うのはやめておいた。
「舞姫さま、少しお茶でも飲んで行きませんか?」
幸田くんがそういうの誘うのは珍しい、と思った。
いつもは仕事が忙しいのか、学校以外では出かけたりしたことはほとんどなかった。銀ちゃんも忙しそうではあったけれど、時々家にも遊びに行っていたし、美味しいケーキを食べに行ったりお洋服を見に行ったりしたこともある。
「いいの?」
「舞姫さまがよろしければ、是非。」
社長にメールを入れると、近くのカフェに入った。
探偵社のみんなとは夜、社長の家に集まって新年会をすることになっている。
午後には家に帰って、新年会の準備をしなくてはいけないから、それまでの別行動だ。
〜〜☕
幸田くんは、カフェオレを頼んだ。
「ふふっ、幸田くんカフェオレなんだね。」
「子供っぽいと言いたいんでしょう?」
「うん、意外な一面。学校ではスポーツドリンクとか飲んでるよね。」
私は熱々の抹茶ミルクをゆっくり唇に近づけた。
猫舌な私はまだほとんど飲まずに、冷めるのを待っている。
ふうふうと息を吹きかけると、表面の柔らかそうな泡がふわふわと揺れる。それから、お茶のいい匂いが広がる。
「学校では、自販機にスポーツドリンクとかお茶や水と炭酸くらいしかないからですよ。」
「うん、もう少し種類があるといいよね。
銀ちゃんもいつも飲むものがないって言ってるもん。」
「そういえば舞姫さま、探偵社ではどうですか?辛いことはないですか?」
幸田くんは、少しだけ眉間にしわを寄せている。
きっと敵対する探偵社にはいいイメージはないのだろう。
「楽しいよ。いい人ばかりだし、すごく気にして貰っていると思う。それに、異能力のことについては、色々と勉強になることもあって。」
「そうですか。
嫌なことがあったらすぐに言ってください。
一体ポートマフィアの上の人たちは何を考えているのか、全くわかりません。なぜあなたが探偵社などに行かなければならなくなったのか・・・俺や銀の護衛で十分だったはずなのに。」
私はようやく少し冷めた抹茶ミルクを口にした。
暖かくて幸せだ。
こうして私のことを一生懸命心配してくれる幸田くんの言葉を聞きながら、美味しくて暖かい抹茶ミルクが飲める。
そして、その幸田くんの不満でさえも、ほろ苦い抹茶ミルクに少し似ていると思うと笑みが浮かぶ。
「舞姫さま・・・何が面白いんですか?」
「あ、ご、ごめんなさい・・
えっと、一生懸命心配してくれる幸田くんが、優しいなって思って。それで抹茶ミルクがすごく美味しいから、嬉しくなっちゃって・・」
ハア・・・
「芥川さんにも呆れられますよ、それでは。」
「えー?なんで?
芥川さんは呆れたりしないけど・・」
ちょっとむくれたふりをしてみた。
もちろん冗談だけど。
「・・舞姫さま、芥川さんとは・・許嫁だと聞きましたが。」
「え、そうなの?」
一瞬二人で見つめあったまま、固まった。
そうなの、と言葉が出たものの、よくよく考えれば私のその返答の仕方は間違っている。
許嫁?
そんなの初めて聞いた。
「えぇ!?
そんなの聞いたことないけど・・」
「そうでしたか・・早とちりですみません。」
幸田くんは、カフェオレをぐいと飲み干した。
「ポートマフィアで、少々噂になっていましたから気になって。
芥川さんにも聞けませんしね。」
「でも芥川さんなら、もっと素敵な人見つかるよ。だってすっごく優しいし、強いんだよ。この間、大学生に絡まれた時はあっという間に追い払ってくれて、本当に助かっちゃった。」
芥川さんが、
優しいって?
何かの間違いだろう?
あの方は、ポートマフィアの中でも粗暴で非情。血を見ることに躊躇したことなどないのではないかと思われるほど、残酷で残忍。血の海を作り出す人だ。
マフィア内でも殺戮の狂気と恐れられるその上司を、
優しい、と。
「本当に楽しいですね。舞姫さまと一緒にいるのは。もしも芥川さんと許嫁でないのなら、俺が一番に立候補しますよ。」
「え・・」
幸田は、そういうと、空になったカフェオレのカップを横目に、いつも通り優しい目で笑ってくれた。