舞姫
□E. 油燈(ラムプ)
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探偵社
「ねー舞姫ちゃん、ココア飲みたいんだけどー。」
「乱歩さん、まだ舞姫ちゃんは帰ってきていませんよ。
今日はテスト最終日だから昨日より遅くなるって、言っていました。」
春野さんが乱歩さんを宥めるように言うと、仕方ないと言ったようにくるりと事務椅子を窓側に回転させて、乱歩さんはふてた。
彼女のいれるお茶やコーヒーなどの飲み物は、格別に美味しいのだ。
「今日はあいつを迎えに行く。ここんとこしょっ中、芥川が迎えに行っているみたいだしな。」
「でも国木田さん、いきなり行ったら芥川と鉢合わせするんじゃないですか?」
敦の言うことはもっともだ。
確かに、連絡もなく突然行けば間違いなくポートマフィアと鉢合わせだ。
さすがにそれは避けたい。
「しかし、最近の舞姫は芥川と仲が良すぎやしないか?そこらまで送ってきた時の別れ際も、なんだか楽しそうだし、この間は芥川が舞姫の頭を撫でていた。
社長も気にしているようだし、いい加減ポートマフィアとの付き合いはやめさせないとな。」
「国木田〜くどくどうるさいねぇ。
あの子に限ってスパイなんてことはないんだし、あの芥川が舞姫ちゃんのことを好きだなんてこと、無いに決まって・・・」
与謝野が国木田の文句を止めようとそう言ってみたが、無いに決まってる、と自身で言って、そうでも無いかもと思った。
その矢先、乱歩が一言事務所内が凍りつくようなことを言った。
「そうかな。そんなことないんじゃ無い?」
「「「え・・・」」」
「あの、乱歩さん・・できれば超推理で、お願いします」
「えーー?面倒くさいなぁ。それに気も進まない。
だって芥川と舞姫ちゃんが本当に相思相愛だったりしたら、僕かなりショックで落ち込むよー?」
乱歩さんが言うことは正しい。
万が一、芥川と付き合っているとか、相思相愛だったなんてことがわかったら、社長がどうなってしまうか考えるだけで恐ろしい。
最近イライラしているのもそのせいかもしれない。
「いや、でもお願いします。これは社にとって大事なことです。」
「えー、いいのぉ?じゃあしょうがないか。
じゃあいくよ、異能力『超推理!!』」
乱歩さんのケープがふわりと揺れ、いつものメガネを取り出すとそれをかける。
事務所内の全員が、それを固唾を飲んで見守っていた。
「ーーあ・・・」
「何かわかったのかい?」
「乱歩さん、どうですか!?」
「ーーあーー・・・・
う〜・・ん、付き合ってるみたいに見えるけど、付き合ってはいないね。
ただ、あの二人特別な深い関係だ。
二人にしかわからない、何か秘密の・・」
【特別な、深い、関係!?】
それって、・・・いやそんなはずはない。
まだ16歳の舞姫だ。芥川だって、いくらなんでも16の少女に手出しはしないだろう。いや、そう言う事ではないはずだ。
「あーーもうこれ以上はやらない!
なんか芥川ムカついてきたよ。今度あったら半殺しにといてよ、国木田くん!!」
乱歩さんがイライラしながらそう言うと、椅子にどかっと座ってお菓子を食べ始めた。
「そうできたら、既にしています。
しかし、本当に舞姫には困ったもんだ。あいつはやることが意外と大胆で行動が読みづらいからな。」
「確かに、天然っぽいところも少しありますよね。
昨日もなんかうっかりしてたとかで、体操服持って慌てていましたしね。何をうっかりしてたのか、解らなかったですけど。」
笑いながら敦がそう言うと、与謝野先生も乱歩さんも笑っていた。でもあいつを叱れるのは俺だけだ。他の全員が甘すぎる。だから自分だけは嫌われ役になろうと、決めていた。
「ただいま帰りました。」
「あ、噂をすれば・・だね。」
「え?なんの噂ですか?」
ようやく舞姫が帰ってきた。乱歩さんの表情が急に明るくなった。ココアを入れて欲しいとおねだりしている。
白いブラウスに藍色のスカート、水色のリボンをつけた制服がとてもよく似合っていて、ナオミちゃんのセーラー服もとても可愛いが舞姫にはセーラー服より、この制服の方が似合っていると思った。
「おい、舞姫、まーた芥川と帰ってきたようだな。
あいつは以前、敦を殺しかけた。勾引(かどわ)かし、胸を貫き、容赦無く殺しを行う。
そんな奴とお前が一緒にいるのは、やはり賛成できん。」
しゅん、と下を向いた舞姫が、悲しそうにしているのを見ると、多少なりと心が痛む。
まさか本当に芥川のことを、好きなのではないだろうな。
「〜〜だからだな、その〜・・あれだ、
お前があいつと親しすぎるのが、皆心配なのだ。」
「すみません・・。あの、これからは、できるだけ送ってもらうのは控えます・・。」
「でもさぁ、それはそれで危ないんじゃない?
この間襲われたばかりだしー」
乱歩さんが満足げに、受け取ったココアのカップに口をつけながら言うと、国木田はため息をついた。確かに危険である。
この間は太宰が気づいて助けに行ったから舞姫を連れ戻せたが、あのまま誰も気づかなかったら、芥川が舞姫を連れ帰っていただろう。恐らくそうなっていたら、彼女は今もあちら側にいたかもしれない。
いや待て、そもそも太宰はなぜ舞姫がさらわれたのが判ったのだろうか?
彼女が帰ってこないと騒ぎになってから、かなりの時間が経っていた。あの時乱歩さんは出張に行っていたし、攫った者を探し当てた時には、太宰が舞姫をすでに救出していた。
「おい太宰。
お前この間舞姫が攫われた時、なぜ居場所が判った?」
「あーー、国木田くーん、今更だよ?
あの時はあれだよ、あれ。」
「なんなんだ!」
だらりとソファに寝転がっている太宰は、面倒臭そうに答えた。
「舞姫ちゃん、私がプレゼントしたアレ、着けてる?」
「あ・・あのネックレス、もちろんつけてますよ。」
首元からたぐり寄せるように、ネックレスを引き出した。
金色のチェーンがきらりと光って、舞姫によく似合っている。
「それ、実は発信機入り。
あと、あの幸田って子の行動はだいたい監視しているから、あの子に何かあれば、わかるようにしているのさ。」
「は、発信機!!?」
そこにいた社員全員の声が重なった。
発信機をプレゼントに仕掛けるなんて・・・
「太宰さん、それってちょっと・・」
女性陣が引きまくっている。特にナオミ。でもお兄様にならいつ追跡されても大歓迎だとか言ってるところが、太宰と同類だろうと思ってしまう。
「えー? だって彼女、狙われ安いでしょう?
ポートマフィアにとっても探偵社にとっても、彼女は大切だしかわるがわる護衛がつく。だからこそ、他の組織からは狙われやすい。それだけ護衛がつく人物が、ただの女子高生な訳ないからね。
あぁ、この間の襲撃は、芥川君への報復だったみたいだけれどね。」
「・・知らなかった。このネックレスにそんなのが・・。
太宰さん、この間は助けに来てくれてありがとうございました。」
「いや、前にも言ったけど助けたのは芥川君だよ?
だから芥川君にそれ言ってあげなよ。喜ぶから。」
そう言って、太宰は目を伏せた。
彼女が攫われるかもしれないと察し、ずっと監視していたのだろうか。なんのために?
もともと何を考えているのか、わからないやつだったけれど、ますますわからなくなってきた。
他の社員や俺と違って、太宰は舞姫のことをスパイ扱いしたりはしなかった。
いつの間にか彼女を助けに行ったり、彼女のことをよくわかっているようなこともあった。もしかして、何か彼女の事で気になっている点でもあるのだろうか。
ヘッドホンをつけて、心中の歌を歌う奴の姿を、眺めていた。