舞姫

□F. 表街(オモテマチ)
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ヨル、部屋へ帰ってきて明日の準備を済ませると、
お風呂上がりの濡れた髪を乾かしてベットに横になった。



なぜだろう。

あの人は、わたしなんかを好きになる訳はない。



だけど、憧れて、止まない。

奥深く、思慮深いその人の心の奥に、惹かれて止まない。




芥川さんは優しい。
幸田くんも優しい。
社長も優しい。
探偵社のみんなも優しい。
太宰さんも。


あの時
一度だけ抱きしめてくれた。
海岸で中原さんを止めてくれた時。


あれは、先輩として心配だったからだろうか。
それ以外の気持ちは少しだってなかったのかな。












・・🌙・・🌙・・





〜♫🎶〜〜♫〜


珍しい、こんな時間に電話なんて。




「はい、もしもし。」


「え・・芥川さん??

今からですか??」





社長にいえば、絶対にダメと言われる。
だからこっそりはきだしの窓から、抜け出した。
坪庭用の小さな靴を履いて。



芥川さんが、こんな時間に呼び出すなんて珍しい。
きっと何かあったんだ。











「舞姫。すまないな、こんな夜中に。」


「いえ、どうしたんですか?」




わたしは、今気づいたら部屋着に上着を羽織った格好で、家のすぐ近くとはいえなんて格好で来てしまったんだろうと、後悔した。


「いや、少し共に歩きたかった・・。」

「何かあったんじゃないですか・・?」



そのまま芥川は黙って前を歩き始めた。
何時もの通り、自分の早さではなく舞姫に合わせたゆっくりとした早さで。


「あまり遅くはなれませんよ?
社長に黙って出てきたんですから。」


「わかっている。」







黙ったまま先を歩く芥川さんの様子が、いつもと違うと察して気になった。





「芥川さーーん?」



小走りで芥川さんの前へいき、顔を覗き込むと、
そこにはなんともいえない表情の、見たことない様子の芥川がいた。




「え・・と、どうしたんです・・?」



「舞姫は、ヤツガレの許嫁だと知っているか?」




唐突に、
以前幸田くんに聞いて気にはなっていたけど、ただのポートマフィア内での噂だと思っていたその事柄に、耳を疑った。



「本当なんですか?」

「ボスが決めたことで、ヤツガレと一部の人間以外は、舞姫も何も知らぬことだ。
ただ、マフィア内ではそのように知れ渡っている。」




「前に、幸田くんが言っていました。
でも、大げさになった噂だと・・。」



芥川は目をそらしたままだったが、急にまっすぐにこちらを見据えたものだから驚いて体が動かなくなってしまった。
まさか、本当のことだったということなのだろうか。




「結婚などと、ヤツガレは未だ考えたことはない。
女など欲しいと思ったこともないし、この先もそんな存在が必要だと思わない・・・

・・が・・・、

舞姫がそばにいるのなら、それも良い。

それならば、ただただ任務をこなすだけの日々ではなくなるかもしれぬ。」





それって・・・・






その言葉の理解を一生懸命しようと、
頭をフル回転させていた。





「わた、しが?」



ぐるぐると渦巻きのように頭の中が回り出した。
いや胸の中かもしれない。




「ヤツガレは、舞姫を探偵社の蟲どものもとに置いておくのは良い気がしない。
だから今夜ここへきた。」



「・・わたし、、、」












わたしが芥川さんのところへ行くの?

銀ちゃん、幸田くん、森のおじさま、エリスちゃん・・

ポートマフィアには大好きな人たちもいる。




学費を出してくれたおじさまには、心から感謝している。
エリスちゃんは妹のように可愛いと思うし、
幸田くんと銀ちゃんとも、絶対に離れたくない。




でも、




探偵社は?






どうなるのだろうか

会えなくなるの?みんなに。

教えてもらったいろんなこと。助けてもらったたくさんのこと。



ポートマフィアの一員になると、探偵社には行けなくなってしまうのだろうか。







・・太宰さん・・


「舞姫・・。」







「・・ご、ごめん・・なさい。
芥川さん。

わたし、探偵社のみんなと離れたくないのです。
できれば高校卒業まででもいい、だから自分で自分を守れるようになるまで、

ポートマフィアの森のおじさまにはお世話になったから、もしもマフィアへ帰らなければならないのなら、帰ります。
でも、少しだけ待ってください・・。
探偵社に恩返しができるまで。
そして・・・あと、あのっ・・・」




下を向いて、自分の言葉を整理しながら一生懸命話した。



「・・あの、芥川、さん?」



さっきから反応がなくなった芥川さんが気になって顔をあげると、なんだか少し寂しそうな顔をしていた。








「やはりな。



太宰さんだろう?」





「え・・?」





「好いているのだろう。太宰さんのことを。」


一気に顔いっぱいに血が登ってきて、それが顔中に満たされて行くのを感じた。





「いえっ・・・それはっ・・!」


「見ていればわかる。
ヤツガレも太宰さんが好きだからな。」


「芥川さんも・・?」





少し嬉しそうな笑顔で話した芥川さんは、
自分の師である太宰さんのことを、尊敬して止まない存在だと話した。憧れているとも。



「少しばかり、ヤツガレが太宰さんを思うのとは違うけれどな。」


「ご、ごめんなさい・・。
芥川さんには、ずっと優しくしてもらったのに・・」




「いや、それならばいい。
舞姫と一緒に居れたら、ヤツガレは弱みができるかもしれん。
だから、いいのだ。」








ーーー太宰さんのところへ、行けーーー






「・・・無理ですよ。
あの方は、きっともっと大きな世界を見ているから、
わたしには見向きもしません。

わたし子供過ぎると思いますし・・。



でも、芥川さんがそう言ってくれて、
すごくスッキリしました。
わたしが迷ってばかりいるから、臆病だからダメだったんだなって気がつきました。」




胸のあたりを両手で押さえた。


芥川さんの、言葉が本当に嬉しかったのだ。
ちゃんとわたしのことを見てくれている人が、ここにいた。
わかってくれている人がいた。







「もう少し頑張って見ます。
結構凹むときもありますけど・・。」





そう言って笑ってみせると、うっすら笑顔を返してくれたような気がした。
柔らかい空気が、彼の周りにある。少しの人しか知らない、芥川さんの本当の姿だ。





「でも、そう遠くないかもしれんな。」




「?」











何か気配を感じて後ろを振り向いた。





10メートルほど、いやもっと距離があっただろうか。

振り向いた先に、

太宰さんが立っていた。







「やあ、芥川くん。」



「太宰さん・・こんばんは。」




「こんな時間に、うちの社員を呼び出して、社長に見つかったら大変なことになるよ?」





どうしてここにいるの?
こんな夜分遅くに、わたしは誰にもここにくるなんて連絡してないのに・・・




「あ・・、探知機?」



「そうだよ。舞姫が社長の家から離れたり、異常な行動をするとわかるようになっている。」






太宰さんのやり取りを見て、芥川さんが苦笑した。


「それでは、梶井基次郎と一緒ですよ、太宰さん。」





「「え”・・・・」」



あのストーカーの梶井さん、まさか盗聴器は仕掛けてないですよね???


「ではヤツガレはこれで。
舞姫はあなたに。」





「いいのかい?

もう返さないよ?」







「どうしても欲しくなったら、奪いに行きます。」



「まさか、そんなに簡単にはいかないよ?」




「わかっています。あなたですから。」









わかっていますよ。

あなたは、初めから渡す気などないということを。
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