おとしもの

□6.秋風
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★たくさんの思い出




「お待たせッス。小羽っち!」



「こちらこそ、疲れているのにごめんなさい。」



制服姿のりょうくんは、いつもの通りで、どんなに疲れていても笑顔で明るく迎えてくれる。
夕方7時を過ぎていたから、駅で待ち合わせたけれど、家へ帰る方向へ二人で歩き始めた。






「今日はどうしたんスか?小羽っちから会いたいなんて珍しいッスからね。」




「うん・・。あのね、りょうくん。

ずっと話さなきゃって思っていたことがあって・・」





いつも一人の時は絶対に通らない、大きな公園を抜けて帰ることにした。
ファンの女の子たちにも見つからずに、人目にも付きにくくてゆっくり話せる。



「あのね・・・そろそろちゃんと、返事しないといけないって思って・・。」






「小羽っち・・・・

『おためし』の事っすね。」








急に、

りょうくんが私の手をぐいぐいと引っ張って、大きな木の下まで来ると、

おおきな胸の中へ抱きしめられた。





「りょ・・・くんっ」




「小羽っちの気持ちには気づいていたっすよ。
俺の事を好きになろうとしていたこと、
それから俺の事で悩んでいたことも。

ほんとうはずっとずっと前から。

だから、、」





大きな腕の中で、

いまから、この1年間の過ちを、
りょうくんを傷つけて、終わろうとしているのに、

腕の中は決して嫌な感じはしなくて

なぜかとても心地よくて、

そのまま包まれていた。







「ごめんなさい・・」




「謝らないで欲しいっす。
ズルいのは俺なんスから・・。」





やさしく、やさしく髪の毛を撫でて、
頬を摺り寄せて、

これで最後だと言わんばかりに、
名残惜しくその愛しさを忘れないように
何度も、何度も。








「本当は、このままずっと『おためし』のままでもいいかな、なんて思ってたんスけど、やっぱそんなの無理ッスよね・・。


俺、小羽っちの事、本気で好きだったッスよ。



だから、今まで離してあげられなくて、
小羽っちに無理させて、本当にごめん」






「りょうくん・・

私もりょうくんが居てくれたから、いろんなこと頑張れたよ。
りょうくんが居なかったら、きっとこんなに楽しく過ごせなかったと思うから・・

私の我儘でりょうくんを傷つけて、ごめんなさい・・・・」







少しだけ、体を離してりょうくんの目をちゃんとみてお礼を言った。
りょうくんの目は、少し泣きそうな寂しげな感じで、でも困ったときの優しい目だった。

ちゃんと言わないと、いや、言うって決めてきたのだから。



そしたら、今までの事が、優しいりょうくんとの思い出がいっぱい浮かんできて、







「ごめんなさい・・
ほんとうの、好きって気持ちがわかってなかったんです・・

私が幼くて、未熟で、
それでりょうくんを傷つけて・・」







「小羽っち、泣いてる。

泣いてても、可愛いっスね。


俺は、本当に好きだったし、後悔なんてしてないッスよ。むしろありがとうって言いたいくらいッス。

ちゃんと小羽っちは俺の事を好きになろうと努力してくれてて、そういうのが凄くよくわかって嬉しかったんスよ。」






涙がぼろぼろ出てきて、もう止めることもできなくて。
抱きしめられたまま、涙をぬぐい続けた。





「ほら、そんなに涙流すと干からびるッスよ?」




「んっ・・えっ・・っく・・」










「最後にさ、」




いつまでも泣いていたらだめだと思って顔を上げたとき、





不意に、


あたたかくて

やさしい

包み込まれるような感覚で、


唇に



彼が重なった。







一瞬だけど、でもすごく長かったような

ほんとうはどのくらいの時間重なっていたのかさえも

わからない。


ただただ、やさしくいたわるような、


そんなキスだった。






ゆっくりと離れると、
りょうくんは微笑んで、
私の頬を右手で撫でて涙を拭いて





「・・たぶん・・

ちゃんと小羽っちのこと、離してあげられるから、

だから大切な思い出に、もらっておきたかったっス。」






そう言って、抱きしめていた両腕をそっと離していつもの笑顔で笑った。









気が付いたら、涙は止まってて




送るッスといって前を歩き始めたりょうくんが、変わらず優しくて、私は自分にますます嫌気がさした。
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