おとしもの
□8.立春の花
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💛コンサート@
出演順は、午後の後半。
もともと緊張はしないほうだから、会場へ入っても、衣装に着替えてもなんともなくて、
ただ、客席だけが気になった。
もう来ているのだろうか。
気にしていてもしょうがない。
良い演奏を、届けたい。
もうずっと助けてくれたあの人に、お礼としてプレゼントを届けたいのだ。
ーープログラム18番、
七原小羽。
ショパンピアノ協奏曲第1番より〜
濃いピンク色のドレスを着た彼女は、
とても大人っぽくて、
綺麗だった。
丁寧に礼をすると、ピアノに向かった。
椅子に座って、ぴりりと張り詰めた空気をあえて肌に感じさせるかのような、そんな表情をしてみせた。
ピアノが好きなのだろうということは、
彼女を知らない人でも、わかるはずだ。
一瞬、
ピアノと一緒に呼吸をしたように見えたかと思ったら、
細い体や腕には想像もできないような、
しっかりとした音楽・・・
こんなにきれいな音を、どうやって出すのだろうか。
ピアノのコンサートには何度か行ったことがある。
でも、小羽のことを特別だと思っているからなのか、この曲とこの音と彼女の姿を見ているだけで、
すごく幸せだった。
演奏は、一分の間違えもなく透き通るような美しい音で、酷く心に響いた。
大きな拍手は、ほかの演奏よりもずっと長く続いて、そのすばらしさを物語っていた。
「終わったぁ・・すごく気持ちよかった〜」
「いい演奏だったよ!小羽ちゃん。」
「叔母さん、来てくれてありがとう♡
こんな広いホールで演奏したの初めてだったから、たのしかったー」
「あらあら、心配して損したわ。
てっきり緊張でがちがちかと思ったのに。」
「まさか〜、またやりたいなー」
演奏は、とてもうまくいったと思う。
あれだけ弾いた後に、気持ちいいと思えたときは、だいたいいい演奏ができたときだから。
控室で、着替えもせずにそんなやり取りをして、仕事のためにすぐにまた蜻蛉帰りをしないといけない叔母さんに、ありがとうを伝えた。