舞姫
□A 骨牌(カルタ)
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久し振りに来た、この建物の中はいつもシンと静まり返っていて、すこし古めかしい絨毯と家具が置いてある。
おじさまは、いつもの部屋にいることだろう。
時々出会う、おじさまの”会社”の社員さんは、皆黒っぽい服を着ていて、どちらかというと若い人が多い。見た目は少し怖そうな人が多いけれども、会う人は皆さんとても丁寧に案内してくれるし、エリスちゃんとは特に仲良しだ。
「こんにちは。舞姫です。」
「やあ、よく来たね。
お茶の用意をさせたから、一緒に飲もうか。」
久し振りにお会いしたおじさまは、
たぶん入学式以来。
いつも心配性で、大丈夫か、などと大げさですこしくすぐったい。
「ありがとうございます。
銀ちゃんたちは・・、さっきまで一緒に居たんですが・・。」
「あぁ、心配しなくていい。彼女たちは仕事を任せてあるから、終わったらここへ来るよ。」
「そうですか。今日は一体どうされたんですか?私をお呼びになるなんて、珍しいですね。」
紅茶をカップにいれてくれた女性の”社員さん”が、カップとお砂糖とミルクを運んできてくれた。
おじさまは、それを飲むと優しい笑顔で笑って、話を始めた。
「そうだね。
まずは、君の近況を聞こうかな。わたしの話はあとでいいよ。」
「私の近況ですか・・?
特に変わったことはー・・
あ、この間体育祭と文化祭がありました。」
紅茶があまりに美味しくて、もうひとくち口に含むと、目の前にケーキとビスケットも並べられた。
「美味しいですね。」
「エリスちゃんもそのお菓子は大好きだよ。」
微笑んでそう答えたおじさまは、いつにも増して機嫌がよさそうだった。
「今日は、エリスちゃんは・・」
「あぁ、ちょっと出かけているよ。」
「そうでしたか。残念です。」
「さて、次は私の話だね。
君のお父さんの話だ。」
改まった様子でそう切り出すと、おじさまはいつになく真剣な表情で話し始めた。
「君のお父さんには大変な借りがあってね、それはそう簡単に返せるものではない。
ただ、返すまえに亡くなってしまったからね。
代わりに君に返そうと、ずっと考えていたのだけれど・・」
そう話すと、紅茶を飲んでかちゃんと音を立ててソーサーの上に置いた。
そのあとの言葉は、
何を言っているのかほとんど覚えていない。
ただ、自分が何者かを伝えられたような気がするのと、それを幼いころから両親に言われて隠していたのに、知っている人がいたことに驚いた。
ぼうっとした頭のままその部屋を出ると、そこに真っ黒い上着を着た、あの人が立っていた。
「・・・あぶない」
「うわっ・・!」
廊下に置いてあった椅子に、ぶつかりそうになったところを支えられて見上げると、そこにはそちらも随分と久しぶりに会った人がいた。
「あ、芥川さん・・。」
「こっちへ来い。」
「え・・」
ひとりで勝手に歩き始めて、
私は随分と動揺していて何もまだ考えもまとまらないままでいるのに、
いつもの通り、少し強引にわたしを目的の場所に案内した。
人目を気にしたのか、近くの部屋の中に入ると、芥川さんは少し怖い顔をしてこちらを見つめた。
「あの、芥川さんは・・・知っていたんですか?」
「何をだ?」
「私の異能力のこと・・。」
「少しだ。」
「・・・少しって?どのくらいです?」
ちょっとため息をついて、まっすぐ私の方へ歩いてきた。
この人は、不器用で不愛想だけど、嫌いじゃない。
「能力は知らないが、異能力者だということはボスから聞いている。」
「そうですか。
此処の会社って、異能力者がたくさんいるんですか?
わたし、さっきおじさまから異能力を使ってほしいって言われて・・。」
「・・・・。」
「あの、異能力を使えなくする方法を知らないですか?」
少し考え込んでいた様子だった芥川さんは、その問いに顔を上げて驚いたような表情をみせた。
「?
異能力を使えなくする方法・・
使いたくないのか。
一般人が、のどから手が出るほど欲しがっているチカラだとというのにか。」
「はい。
使いたくないです。
だから
できることなら、
消してしまいたい。」
消えてしまえばいいのに。
こんな能力、
いらない。
子供のころから、何度も思ってきた。
両親からは、絶対に人前で使わないよう言われてきたし、使ったことはほとんどない。
一番最後に使ったのは、
父が亡くなった日。
おじさまの話は、
父には大きな借りがあって、それを返すためにある組織と闘わなければならないと言っていた。
そのために、わたしの能力が必要なのだと。
父は、この能力は人前で絶対に使ってはいけないと言った。
わたしも、使うべきではないと思う。
こんな異能力は、
いらない。
「芥川さん。」
「なんだ」
「芥川さんも異能力者なのでしょう?
危険な時に、役に立つ異能力なの?」
「・・・・お前のは、役にたたないのか?」
「使うべきじゃないと思うし、使ってはいけないと思うんです。」
森鴎外こと、おじさまは。
私に会社で働かないかと言った。
ここは、只の会社ではなくて、
よくテレビのニュースや新聞で読んだことがある、ポートマフィアなのだということを、
初めて知ったのだ。
いままで知っていた、あのやさしいおじさまは、ポートマフィアのボスなのだということを打ち明け、そして私に能力を使えと仰った。
私の能力ならば、ポートマフィアに多大な利益を生むと。
そして今こそ、その能力が必要なのだと。
初めてその目を、怖いと感じた。