舞姫

□C. 燈火(ともしび)
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(芥川side)


銀に、久しぶりに会った。
少しだけ楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。


ボスに特別な任務を任されてからというもの、きっと一時期の間だろうが、一般の同世代のモノたちがそうしているように、学校へ通うこととなった。
いや、そのせいではない。

きっと、舞姫の明るさが銀を救っているのだろう。
かなり小さい頃から、ヤツガレと共にこの世界に入った。
その時から、あまり人前で笑うこともなく何かを楽しむなんてことはなかっただろうと思う。生きていくため、認めてもらうために必要なことだけを、日々こなして行ったそんな日々だった。




家で、銀の入れた珈琲を飲もうと砂糖を一つ、カップに落とした。綺麗な新しいスプーンの先に、目と口といった簡素な顔の絵が彫り込んである、ちょっと女の子っぽいデザインのもので、それが銀が舞姫のために買ったものだとすぐにわかった。

恐らく、もう泊まることなどないだろうに。


「どうしたんです?」


「いや、舞姫はどうしている?」


「ちゃんと学校へは来ています。最近は、幸田が学校を休みがちなので寂しがっています。」



銀は、舞姫のことを話す時、とても楽しそうだ。
確かに、彼女は銀とは特別仲がよく、銀のことを心から大切にしているだろうということは解る。

幸田、確か構成員の一人だったはずだ。



「仕事か?」


「はい。ある組織の密売に関わる調査をしているようです。」


幸田という構成員の所属する班は、調査部隊。
その中でも、一番腕の立つ少年だと聞いている。そして、異能力は使えない一般人だということも。




「明日は、ヤツガレが迎えに行こう。」


「え?舞姫さまをですか?」


「そうだ。朝と学校からの帰り。いつもそうしているのだろう?」




驚いた様子の銀は、つい持っていたスプーンを落としかけた。
それもそうだ。

今まで、ヤツガレは舞姫に何もしてやっていない。




ある時、ボスから、


舞姫をやろう。




そう言われた2年前、全くそんなことに必要性を抱けなかったヤツガレは、当時まだ14・5歳だった彼女を少しばかり邪魔に思っていた。


面倒な厄介者を、押し付けられた。と。
平和な恵まれた暖かい場所で育てられた少女に、何かができるわけはない。
必要なものは、そこには何もない、と思った。





彼女は、そのままポートマフィアには所属するわけではなく、この組織のことを隠されたまま普通の女の子として、時々帰る自宅マンションの隣の部屋で暮らした。
時々、銀と行き来することはあったが、ほとんどがヤツガレが仕事で居ない時に、それは行われた。





『芥川さん、昨日もお邪魔しました。お留守の時にすみませんでした。』



育ちがいいのだろう。
礼儀正しい彼女は、必ず仕事で留守にしがちだったヤツガレが戻ると挨拶に来た。その度、幾度かそれを繰り返していくうちに、彼女は初め子供だと思ったほど幼げだったのに、みるみるうちに美しくなった。


綺麗になった、と認めたのはほんの数ヶ月前。彼女につきまとう一般人の男どもやポートマフィアへ恨みを持つ組織から舞姫を守るためか、ボスが、護衛役を銀と幸田に直接命じた。

でもその後、またもやボスのお考えにより、すぐに探偵社への入社をすることとなった。
彼女が、どういう異能でなぜポートマフィアではなく探偵社に行くのか。




あぁ、もしかしたら、任されたヤツガレがほったらかしにしていたせいだろうか。




「では、明日、学校が終わる前に連絡をしますね。」


「そうしてくれ」







きっと、彼女の能力には、特別なものがあるのだろう。
ポートマフィアではなく、探偵社でなくてはならない理由と、黒ではなく普通の女子高生として生活しなければならない、なにかの理由が。





無垢で、疑うことも、嘘をつくことも、傷つけることも、

何も知らなさそうな彼女を、

怪訝に思いながらも放って置けなくなった。



そうなった時に、もうそこには居なかった。






「そろそろ、舞姫様の使っていた部屋を、片付けた方がいいでしょうか。」



「ボスが何も言わない、だからそのままにして置け。」



いつか戻るだろうと、そう言った。
銀も声を出さずに頷いた。
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