舞姫
□C. 燈火(ともしび)
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幸田くんが、近頃学校を休みがちになった。
それがきっとポートマフィアの仕事のせいなのだろうということは、私にも薄々わかってはいたが、銀ちゃんにも時々迎えに来てくれている芥川さんにも、聞くことはしなかった。
幸田くんがいないと、
なんとなく困ったことがあって相談したい、なんて時に自分がいかに彼を頼っていたかがわかる。
幸田くんは、物知りで自分の意見を交えて、真摯に答えてくれるから。
「ねえねえ、舞姫ちゃん、今日も来てるよ。
あの黒いかっこいい人!」
「あの人大人の人でしょう?
あんな素敵な大人の人にお迎えしてもらえるなんて、舞姫ちゃん羨ましいなー。」
同級生たちが、教室の窓から校門前の植木のそばに立っている、黒づくめのあの人のことを口々に噂した。
「あれは、銀ちゃんの・・・むぐっ・・」
(舞姫さま、それは秘密です)
銀ちゃんに後ろから音もなく近寄られて、口を塞がれた。
そういう時、銀ちゃんに全く違う能力を感じる。
「・・じゃあ、行こっか・・・銀ちゃん。」
「そうですね。」
「じゃあね〜、また明日ー!」
「明日ねー」
同級生たちに根掘り葉掘り聞かれる前に、その場を後にした。
今日も、仕事の合間なのか休みなのか、迎えに来てくれた。
きっと、幸田くんがいないから来てくれる。
芥川さんは、おじさまに私のことを頼まれてるのかもしれない。心配性のあの方のことだから、エリスちゃんにそうするように、いや、一度飛び出していなくなってしまったから、監視みたいなものかもしれない。
それでもいいかも。
そばに誰かがいてくれるだけで、幸せだから。
「こんにちは!芥川さん。
今日はお休みですか?それとも・・」
「では、私はこれで。」
芥川さんのところへ行くと、いつも銀ちゃんは用事があると言ってどこかへ居なくなる。
せっかくだから3人で一緒に帰ればいいと思うのだけれど、この兄妹はいつも別々だ。
家ではそんなこと、ないんだけどな・・。
「銀は、仕事だ。行くぞ。」
「はい。」
少しだけ先を歩く芥川さんを、追いかけるようについて行く。
すると少し速度を緩めてくれて、顔をみせない程度のやや斜め前を一緒に歩いてくれる。
いつもクールな芥川さん、でも優しい人。
きっと、銀ちゃんと一緒にいる時は笑ったりするのだろうな。
「あの、芥川さん。」
「なんだ。」
少しだけ、こちらを向いてくれた。
黒いコートがいつも綺麗に手入れされていることは、見ればわかる。汚れひとつ付いていない。
「終業式のある22日ですが、その日はお家に少し寄ってもいいですか?お渡ししたいものが、あって。」
「その日は夜ならいる。ただ、夜出歩くのは危ない。」
たった夕方の下校時間でさえ、一人では危ないと迎えに来てくれる人だ。夜に一人で出歩くなんて、それは許してくれなくて当然だ。
冬休みに入った23日からはバイトもあるから、昼間は出られないし、芥川さんはいつも忙しくて、自宅にでさえ帰ってくることは数日おきだ。
どうしようと考え込むと、ふうっと息を吐いて芥川さんが私を見下ろした。
「・・なら、22日には少しだけ仕事を抜け出してくる。
帰りの時間、学校の前にいる。」
「あ、・・ありがとうございます!」
芥川さんは、探偵社近くの花屋さんの前まで送ってくれた。
今は、探偵社とポートマフィアは敵対していても揉め事を起こすようなことはない停戦中とのことで、こんなに近くまで来てもどちらも手出しするようなことは、ないんだそうだ。
「何か、困ったことがあれば言え。」
優しい芥川さん。
ちゃんと銀ちゃんにするように、私の頭に手を乗せて撫でるようなそんな仕草をしてくれた。
少し恥ずかしくなって、そっと芥川さんの方を見上げると、
ちょっとだけ、緩んだ感じの表情に見えた。
気のせいかもしれない。
でも、その優しさに、
どれだけ支えられて来たのだろうか。
そして、花屋さんを後にして、バイト先の探偵社へ向かった。