舞姫

□F. 表街(オモテマチ)
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気が付いた時には、

芥川さんはどこかへいなくなっていて、急に冷たい風が吹き抜けた。暖かくはなったとはいえ、まだ春になったばかりだ。
部屋着に羽織ものを着ただけの薄着で、足元は足首が出ていてすうすうとする。





「・・ひあっ・・」



太宰さんが足音なく近づいて着て、着ていたコートを脱いでかけてくれた。


「太宰さ・・風邪ひきます・・」


「それは君の方だよ。まだ4月なんだから夜は冷えるよ。」



仕事帰りだろうか。
それとも仕事帰りに呑みにでも行っていたのだろうか。
コートを脱いだ太宰さんは、ジャケットを着たかっちりとした、仕事着のスーツのままだ。






「わたしはね、君を迎えに来たんだ。」




「どうして、わたしを迎えに来たんですか?
どうして、私のことを芥川さんに、、」





言葉が出てこなかった。
一瞬、いつもたくさんの女の人に声をかけて口説いているのに、なぜ私を迎えに来たのかと、聞きたかった。
でも、それ以上の言葉は続かなくて。

そんな自分が、とても惨めな気がした。

その気になって、落ち込むのは自分だから。




「もちろん、君は大事な探偵社の社員だからだよ。
ポートマフィアの人間にみすみす連れ去られたりなどさせないさ。」


「・・・そうです、よね。」




やっぱり、



「・・・それに、」




もう聞きたくないな・・。
ただの後輩ではいたくない、それとは違うと信じたかった自分。
特別だと思われたかった自分。

もういやだ。
釣り合わないなんてわかってる!


太宰さんは、なんでもわかっていて、
なんでも知っていて、
なんでもできる人。



女の人なら、綺麗な方であれば
誰でも心中の相手として選ばれるのに。








「あ、の
太宰さんは・・


いえ、あの・・

私は、太宰さんのことをー・・・・」








もう、言ってしまおうと思った時、
言葉に出して、全部ダメになってもいいやって、

そう思った時。







『待って。』




太宰さんの手が、
わたしの口を塞いだ。

自分でも焦っていると感じつつも、
太宰さんに、今なら伝えられると直感で感じたのだと思う。





唇に触れた太宰さんの手のひらに、
わたしのドキドキを伝え読まれないかと不安になった。





太宰さんは、そっとわたしの口元から手を離すと
わたしをまっすぐに向かせ、少しだけかがんでわたしの目線に合わせた。

すぐ近くに太宰さんの綺麗な顔がある。
その瞳は、ずっと奥に何かを隠しているようにも、まっすぐ深く深く底なし沼のようにも見える。





「わたしはね、舞姫ちゃんと心中などしたくないのだよ。」



「・・・・・。」







胸に何かが突き刺さった。




やっぱり・・


わたしじゃ、ないんだ。





わたしのがっかりした気持ちは読み取られたのかもしれない。
なのに目の前の太宰さんは、少しだけ優しく笑った。











「わたしはね、舞姫ちゃんに生きていて欲しいんだ。


心中など勿体無い。
君と時間(とき)を過ごしたい。この先、君が望んでくれるのなら。」







これは、一体・・何?




「だ、ざいさんは・・、

女の人と、

心中するのが『夢』なん、ですよね・・?」







「そう、
だったんだけどね。

もっと大きな夢を見つけたんだよ。




少し困ったように笑った太宰さんの表情は、今まであまり見たことがない表情だった。



君と一緒に、生きるという『夢』だ。」






それって・・・
ちゃんと私のこと考えてくれてるってこと?







「・・本当に・・・?」



「本当だよ。」







「わたし・・、
面倒臭がられていると・・。」





じわっと涙が浮かんできた。
ホッとした、というのが1番しっくりくる言葉だ。

きらわれていなかった。
ただ、それだけで・・。






目から溢れた涙は、ポロポロとこぼれ落ちた。
安心感とホッとしたのと、あとの感情はわからない。









「芥川君が、いつか君を迎えにくるのはわかっていたからね。

その時が、まさかこんなに早いとも思っていなかったけど、よかったよ、君の心が彼に奪われていなくて。」





「だざいさ・・」




溢れ出した涙は、頬を伝って地面へ落ちて、危うく太宰さんがかけてくれたコートを濡らしてしまうところだった。


「おいで・・。」




両手を開いた太宰さんは、
いつもの探偵社での顔とも違うくて、
女の子たちに心中を誘う顔とも違う、
豊かで、暖かい笑顔で熱い瞳をしていた。

それに惹きつけられるように飛び込むと、両の腕はそっとわたしを包み込んで抱きしめた。



「もうわたしのものだよ。他の男たちには触れさせない。」






体が熱くなる。
全部沸騰するみたいに、
でも嬉しくて、幸せで、ずっとこのままでいたいと思った。




「舞姫ちゃん・・」



呼ばれて顔を上げると、そこに太宰さんの秀麗な顔がすぐそばまで来ていて、太宰さんの大きな掌が、頬に添えられていた。
そして、深い深い瞳に吸い込まれそうだなんて考えていると、
太宰さんが、




わたしの少し冷えた唇に重なった。











異能力は発動しない。
だって、太宰さんだから。


だから、何も考えなくたっていい。




大好きな太宰さんが、わたしのそばにいてくれるから。


「・・・大好き・・です・・」













ーーー君は、心中したい相手ではない。






    一緒に過ごしたいと思える女性だよーーー
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