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□恋人
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学校の図書室。
読書離れが進んだ最近の高校生には馴染みの無い場所らしい。

俺は、いつも放課後勉強するためにそこを使用している。
そこなら、日々の喧騒や流れて行く時間を忘れられる。
気を使うことも、誰かに縛られることもなく、ただ、集中できる。
俺は、一人で居ること自体が好きだと思う。
元々人と関わる事が苦手な俺は、特に。
図書室での気楽な時間が、唯一の娯楽だったと言っても過言ではないだろう。


今日もいつものように、そこで勉強する筈だった。

「…あれ」
いつもとは違い、先客が居る。
それは、たまに来る何処と無く地味な女子生徒でも、資料探しに来る生徒会役員でも無い。

嫌に目立つ金髪が特徴の、金城だった。
机に突っ伏して、すやすやと寝息を立てている。
「あれ、清水君の友達でしょ?」
カウンターの図書委員が金城を指差しながら苦笑する。
「友達、と言うか…まぁ…」
恋人ですけども、とは言わない。言えるわけがない。
「何か6時限目から居たらしいよ?早く連れ帰ってあげてよ」
授業をサボったということか。別に金城にはよくある話だが、サボる、という行為が俺には理解できない。そこまで授業は面倒臭いだろうか。

「…そうですね」
金城の側で勉強するのは少し気が引ける。図書委員に返事をし、机まで向かった。

「金城」
耳元で軽く呼びかけてみる。
金城はぴくりとも動かない。
次は少しだけ意地悪をしてやろう。

周りを見渡し、誰も居ないことを確認する。さっきの図書委員も、設置してあるパソコンでのゲームに夢中のようだ。

金城は右を向いて寝ているため、右頬が触れる位置にある。

そこにゆっくり自分の顔を近づけて、軽い、キス。
こんなこと、金城が起きている時には絶対に出来ない。

バレないうちに離れようとする。
そこで、俺はとんでもないことに気づいてしまった。

金城の目が、俺を見ていた。

「…!!」
何か言われる前に、慌てて荷物をまとめる。さっさと逃げよう。

しかし、肩を強い力で掴まれ、動けなくなってしまった。

「…おい」
普段から低音のその声は、寝起きだからか、更に低い。
「ご、ごめん…」
ドスの効いた声に圧倒され、つい謝罪をしてしまう。
だが、それがもっといけなかったようだ。
「何で謝んだよ」
不機嫌そうに舌打ちしながら、俺を睨んでくる。
「っ…え、えっと、ごめん…あ」
もう一度、つい口から謝罪の言葉が出てしまった。
その瞬間、乱暴に顔を掴まれる。

もう取り返しがつかない。殴られる。
俺が少しふざけたからいけない。だから、痛いのは嫌だけど我慢しよう。


いつまでたっても痛みが来ない。
「…?」
思わず金城を見上げると、何故か頬に柔らかい物が当たる感覚がした。
そして、少しだけ吸い付かれるような痛みがして、それはすぐ離れる。

金城に、キスされた。
しかも、キスマーク付きだ。
湯気が出そうな程に顔が真っ赤になっていくのが分かる。
「…今のは、さっきの仕返しだからな」
金城もほんのりと頬が赤くなっており、照れているようだ。
「ほら、さっさと帰るぞ」
そっぽを向きながら、俺を押し出すように歩かせる。

さっきは、怒ってる訳じゃなかったらしい。

図書室を出る時、図書委員の大きな咳払いが聞こえた気がした。


学校からの帰り道、俺は金城に送ってもらうことになった。

「なあ、清水」
車道に近い方を歩いていた金城が、話しかけてくる。
「ん?」
寝痕が着いている顔を見ると笑ってしまいそうだったため、出来るだけ正面を見て聞き返す。

「よく、あんなとこで一人で勉強できるな」
「え?」
「一人って、楽しいのか?」
「…うん」
素直に頷いた。気を使ったり、他人と話すことが苦手な俺は、一人で居ることの良さを知っている。
「あ、でも」
だからこそ、金城には感謝をしているのだ。他人と同じ空間に居ることの良さを教えてくれた、彼に。

「…金城と居る方が楽しい」


顔を真っ赤にした金城に、殴られた。



end
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