短編(書く方)
□飴玉の唄
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飴玉の唄
「私がいなくなったらどうする?」
彼女の問い掛けはいつも唐突だ。
「え、何。いなくなんの?」
俺はコーヒーを入れる手を止めてなまえを見た。
「仮にね。仮にだよ?縁起でもないけどさ…」
コーヒーカップをなまえの前に置き、自分はというと向き合う様に座ってカップに口を付けた。
「何かの拍子に記憶喪失になって藤君が分からなくなったり、この世からいなくなったら、藤君はどうする?」
「どうするって…そういう後向きな想像は"妄想"って言うって知ってた?」
「そんなの答えじゃない。」
なまえは真っ直ぐ俺の目を見つめてきた。
俺は目を逸らして、なまえの傍らにあった本に手を伸ばした。
裏表紙にはあらすじが書かれていてそれを読む限りさっきの質問はこの本が影響してるようだった。
ストーブの音だけが部屋に響く。
「嫌だ。」
俺は聞き分けの悪い子供のようにたった一言、呟いた。
なまえはもっと具体的な返答を望んでいたのか、心なしか不満そうだ。
はぐらかしたんじゃなくて実のところよく分からない。
昔強く思っていた考えがふと頭を過ぎる。
"長年連れ添ったカップルが結婚って微笑ましいけど、俺はヤダな。相手を空気みたいな在って当然、有り難みが分からない存在にはしたくないんだよね。"
確かチャマあたりにそんな事を言った気がする。
だけどなまえとはもう何年も付き合っていて、隣りを歩いてて当然っていう気持ちがどこかにある。
一人考えているとなまえが用事があるから帰ると言い出した。
同棲とかはしてなくて時々お互いの家に遊びに行くというのが基本のスタイル。
こういうところにさっきの精神が反映してるのかもしれない。
「送ってく。」
「え、大丈夫だよ?まだ明るいし。」
「送りたいの。ていうか送らせて。」
「うん…じゃあお願いする…」
玄関を出ると肌に突き刺さる様な冷たい風が吹いていた。
「寒いねぇ」
なまえはマフラーに半分以上顔を埋めて呟いた。
なまえの左手を握り自分のコートの右ポケットに入れて何も言わず歩き出すと、寄り添って来て「暖かいね」と呟いた。
車に乗っている間はCDをかけていて、話すことはなかった。
「あ、もうここで大丈夫だよ。」
「ほんと?」
「うん。送ってくれてありがとう。」
シートベルトを外し、降りようとするなまえを俺は呼び止めた。
「さっきの答えさ、」
「うん。」
「俺はなまえがいい。離れたくない。だから、なまえが俺を忘れた時は全力で思い出させるか、また覚えてもらうし、この世からいなくなっても俺は絶対忘れない。夏目漱石の夢十夜じゃないけどさ、それこそなまえの墓前に座ってまた会いに来てくれるのを待つよ。」
そう言うとなまえは満足そうに微笑んでいた。
「そっか。そっか、そっかぁ…」
「じゃあ俺がもしそうなったらなまえはどうすんの?」
なまえは今度はキョトンとした顔をした。
「…嫌になるぐらいキスしてあげる!」
悪戯っぽく笑ってなまえは車を降りて帰っていった。
一人残された俺が運転して帰れる状態に戻るまで時間がかかったのは言うまでもない。
―――――――――――――LINER*NOTES
初短編です。
カレカノ設定。今一歩踏み出せないような関係で描いてみました。
手をつなぐ下りはスノースマイルから。
この話を思い付いたのはタイトル通り飴玉の唄から。
"君が消えたらどうしよう"
"僕は嫌だよ/君がいいよ/離れたくないな"などのフレーズからの影響が大きいです。
余談ですが、『夢十夜』の第一夜を読むと、orbital periodのブックレットのお話しを思い出します。
特に王様が星の鳥に気付いてもらおうと台地(?)を作るシーン。
めっせーじ/##ENQ1##