短編(書く方)
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0707
おとなになったら
けっこんしよう
いつかきっと
強い衝撃で目を覚ました。
いや、覚まさざるを得なかった。
「って〜…」
広い部屋に虚しく消えていく。どうやら俺はソファから落っこちたらしい。
「なんだっけな、あれ。」
夢の中の舌ったらずなセリフが妙に気にかかる。
ずっとずっと昔の記憶を引き出したようだ。
「ぅあ〜なんだっけ、チャマ…なわけねぇか…」
けっこんなんて言わねぇなぁと一人で笑う。
もやもやした気持ちを抱えつつキッチンに向かい、目覚めのコーヒーを作る。
久しぶりの実家は、梅雨と夏の攻防の空気で満ちていた。
プール開きを待ち望んでいた気持ちだとか、夏休みへの期待だとか色んなものを思い起こさせた。
あの夢もそのせいだったのだろうか。
「あら、あんた起きてたの。」
「あぁ、うん。さっき。」
「そ、ならちょっとこれ、届けてきてくれない?」
「なに?回覧板?」
「お隣の紅ちゃんのお家まで。」
紅というのは幼なじみで、これがまたちっこくて泣き虫なやつだった。
しょっちゅう泣かせていた気がする。
(ちなみに俺の初ホームランは紅のお弁当箱に吸い込まれていった。)
簡単に準備を済ませて俺は家を出た。
ちょっとどこかでアイツに会えねぇかな、とか期待しながら。
…当然お隣に行く位でそんな奇跡は起こるはずもなく、たかがこの距離のために着替えたのも勿体なかったので散歩でもしようかと歩き始めた時だった。
「もっちゃん…?」
急に心臓がドキドキしはじめた。
「あ、やっぱり!もっちゃんでしょ?久しぶり!」
そこにいたのはちっこくて、でもどっちかっていうと、いやかなりの美人さんがにっこりとして立っていた。
「まだそんなに前髪長くしてるの?目、悪くなっちゃうよ…ってもう手遅れか。」
アハハ、と笑う彼女には当時の泣き虫なアイツの面影があった。
「紅?」
「いかにもいかにも!」
「マジで?いやいやいや、えー?」
「何よそれ、ちょっと失礼よ。」
「いや、だって、お前、」
え、女子ってこんなに変わるもんなの?
俺が知ってんのは中学位までだし、今は化粧だってしてるけど…
「か、」
「ん?」
「か、…か、帰ってきたんだ、昨日。」
「あ、やっぱり?なんか賑やかだったからそうじゃないかとおもってたんだ〜。あ、そだ。久しぶりだし上がっていって?」
あれよあれよと言う間に俺はリビングまで案内されていた。
「紅茶でいー?」
「ん、」
コチコチという時計の音が耳によく馴染む。
夏休みのプール終わりにはよくスイカを食べたり、一緒に昼寝をしたものだ。
「今、何やってるの?」
「え?あ、ヒロとチャマと秀ちゃんと一緒にバンドやってる。」
「そっか〜まだ続いてたんだ…今度、ライブ招待してね。はい、どうぞ。」
「ども。…そういう紅は?何やってんの?」
「私?」
椅子に腰掛ける姿や頬に手をつく姿はもう女性で、あの頃のガサツさはどこへ行ったのだろう、不思議でならない。
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「…それでね、さっき思い出したんだけど。私たちの中には設計図があってね。」
「DNAってこと?」
「うん。で、その中には何時誰と出会って、結婚して…ってのが書いてあるんだって。」
そういえばこの話…
「俺がした?」
「あ、思い出した?せっかく知的ぶってみたのに。」
「あれでしょ、ほら、空き地で!」
「そうそう!俺はそんなの嫌だ、どんなに偉い人がそう言おうと全部自分で選んでるんだ、って。」
「だから俺は、好きな人も自分で選んでる」
頭に過ったまま思わず口に出していた。
紅は俯いてしまって、俺は青臭いセリフにこれが黒歴史というものなのか、と自覚した。
「ねー!若かったよね!で、どうなのよそこんとこ。」
「そこんとこ?…、俺は、変わってねぇなぁ…」
自分の事で精一杯でしまい込んでいた気持ち。
「俺は選んだんだよ。選ぶんだよ。今も。………紅のことも。」
紅はぽけーっとした顔をしている。
「つか、ずっと好きだった。」
「…」
「…おーい?おじょーさん?聞こえてる」
ひらひらと顔の前で手を振ると、まるでスイッチを入れたかのように体を飛び上がらせた。
「ふふっ」
「っもぉ!…からかわないでよね〜」
そう言うと「確かもらいもののお菓子がね」なんて言いながらそそくさと席を立つ。
「冗談なんかじゃないんだけどなぁ」
俺はぽつりとこぼした。
「いやぁ〜おじゃましちゃったね〜」
「いやいやー、というより帰ってきたなら実家よりまずうちに来て欲しいものだね!」
そういって眩しい笑顔をこぼす。
回覧板をポストに入れて帰るだけの予定がすっかり日も落ちて、自宅からは夜ご飯のいいにおいがしている。
「今日おばさん達遅いの?家で食べる?母さん達喜ぶと思うし。」
「あー今日は課題溜まってるんだよね…また誘ってくれたら嬉しいな。」
「そっか。いつでも来いよ。」
じゃな、と軽く手を振って自宅へと向かう。
…といってもお隣で部屋も窓が向かい合っているので大した別れではないのだけれど。
真夜中、出窓に腰掛けてマンガを読んでいると『隣』とだけ書かれたメールが届いた。
紅だ。
「おっす!」
「ども、そんな窓開けてっと大嫌いな虫が入ってくるよ?」
「だいじょうぶ!そっち行くから!」
「…へ?」
戸惑ってるうちに紅はするすると屋根に乗り軽やかにジャンプしてこちらに渡ってくる。
「ちょちょちょ、いくらなんでも危ねぇだろ!」
「イメトレしてるから大丈夫よん。」
あんなに泣き虫だったのになぁ、とすこしだけ思い出に耽ってみる。
「これ見つけてね、昼間のこともあるし、なんかもっと思い出話したくなっちゃって。」
ころんと手のひらに乗せられたのは、パンの袋を留めたりするのに使う針金で作った輪っかだった。
「あー、これさ、あれだ、俺が、」
「私の誕生日にって。」
「そう、あげた!」
あぁ、そうだ、思い出した。
紅の手を取りそっと薬指にはめる。
「大人になったら、結婚しよう。」
「…覚えてたの?」
「ふふっ正直昨日まで忘れてた。…返事はまだ思い出せてないんだよね、なんて言われたっけなぁ?」
にやりと笑ってみせればあの時よりも大人びて恥じらいを知った少女が「うん、いいよ」と微笑んだ。
それから紅の持ってきた缶チューハイを呑んで、酒に弱い俺は割とすぐに寝ちゃって…
目を覚ますと二人して床で大の字になって寝転がっていた。
夢か、現実か、なんとなくふわふわした記憶を思い返しながらブランケットを掛けてやる。
紅の左手薬指には無骨な金のリングが見えて、ああ現実だったんだ、と思うと同時に大きなあくびが一つ。
紅を抱きしめて横になる。
起きたらまた飛び上がるかなーなんて考えながら。
ふふふっ、おやすみなさい。
―――――――――――――LINER*NOTES
ひっさびさの更新です。
帰省した時に限らず、久々に会った人の変化、その人との思い出ってすごく好きです。
内も外も。
変わっていない事も勿論好きです。
めっせーじ/##ENQ1##