短編(書く方)

□熱に浮かされて
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熱に浮かされて



金魚が跳ねた。
跳ねて、飛んでった。
私の心は不時着すらできない。




「行ってきまーす」

玄関で靴を履く度に、靴箱の上にある水槽に目が行く。

そこには大きな金魚が住んでいて我が家の場合、優に20cmはある。
完全に先祖返りだ。

前は二匹いたのだけど、一匹は大きすぎたのか、餌にがっつきすぎたのか、気がついた時には水槽から飛び出して干からびてしまっていた。
残りの一匹は、今、大きな水槽で寂しく泳いでいる。
寂しいかどうかは私の偏見なんだけど。

金魚の大きさが私の想いの丈と比例し始めたから見てて余計に切なくなるのかもしれない。

何の由来で我が家に来たかと言われれば、縁日で掬った…というか譲り受けたから。

道すがら、ふいに遠い昔を思いだした。

***

「ごめんなさいね。急に仕事が入っちゃったのよ。
この子、今夏休みでしょう?一人お留守番なんてわけにも行かなくて…」
「いいのよぉ。うちの基央なんて毎日ヒロくん家に入り浸ってんだから。
他のみんなも居てたら良かったんだけど、合宿とかでねぇ。
2人でなんとかやるでしょ」
「ホント、助かるわ。基央君、うちの子よろしくね。
なんかおいしい物買って来るわね」
「あぁ…いえ」
「お兄ちゃんと仲良くするのよ?」

夏のある日。
私は藤原家に預けられることになった。
セミがうるさいぐらい良く鳴いていた。


***

「何か食べる?」

私は首を横に振る。

「そか…ゲームする?」

また首を横に振る。

「本、読んでる」

持ってきた本を開いて見せる。

「じゃー俺も本読もっと」
2人して本を読み始めてしまった為に会話は無くなってしまった。

「藤ー。ふーじー」

誰かの声で目が覚めた。
クーラーの心地いい風と風鈴の音が夢現の中でぼんやりとしている。

玄関で話し声がする。

ここが人の家だということをすっかり忘れてしまっていた。

体を起こしてぼぉっとしていたらひょいと現れて
「なまえちゃんもお祭り行こうよ」
と、そう言った。


***

あれ…
そこから一緒にお祭りに行ってどうしたんだっけ。
確か藤兄の友達もいたはずだ。

だとしたらずっと私のお守りをしてくれた藤兄は偉かったんだなぁなんて。

同じ年頃になって、あの頃の藤兄より大きくなって、時折こんな風に、あの頃どう思っていたんだろう、私は同じくらいに成長できたかな、と比べてしまう。

「なまえ、りんご飴食べよーよ」
「うん」

友達に手を引かれて人混みをすり抜ける。

「でもさぁなまえがお祭り行こうだなんて言うと思わなかった」
「そーそー。毎年誘っても来なかったのにさぁ」
「えー?気分だよ、き、ぶ、ん」

毎年来れなかったのは藤兄に会うから。
何年か前、知らない女の人が隣りにいるのを見てしまって、自分がカラッポになった気がしたことがあった。
あの喪失感を思い出して、どうにもダメだったのだ。

今、藤兄は東京に行ってしまって、ここにはいない。
だから私はお祭りに来れるようになったのだけど、また別の喪失感が生まれてしまった。

藤兄が居なくなってから私は藤兄の姿を探し続けている。
今でもそう。
そうあんな感じの細くて背が高くて…

「射的で勝負しようぜ」
「いいねぇ。でもアンタ私に勝てると思ってんの?」
「やってみなくちゃ分かんないじゃんっ!!なまえもやるよな!?」
「み、見つけた…」
「は?あ、射的の場所?」
「ごめん、用事!!」
「ちょっなまえ!?」


どこに消えちゃったんだろう。
あれは絶対に藤兄だ。
間違えるはずはない。
消えた影を必死に追いかける。

「あーアメフトやっとけば良かったぁ…」

それなら簡単にこの人込みを抜けられたかもしれない。

「うぅ…また一人だ…」

そうだ。
私、あの時迷子になっちゃって、そしたら

「見ぃつけた」

って藤兄が…

「藤兄!?」

「久しぶり。背ぇ伸びたんじゃない?」

あの時も今みたいに、はにかんだような笑顔で、立ってくれていたんだ。


***

お祭りの喧騒を遠くに聞きながら2人でバス停のベンチに座っている。
ぼんやりとした灯りが幻想的で、これは夢かもしれないと不安になりそうだ。

「あぁごめんね。俺も生きてくのに必死でさ。公園とかね」
「公園…?」
「ようやく落ち着いて、こっちに帰ってこれたの」
「金魚、覚えてる?」
「金魚?あぁあの、お留守番ン時の?」
「うん。あの金魚ね大きくなったんだよ。もう、こんななの。でね、」

堰を切ったように言葉が溢れて来る。
今まで話したかったこと、聞きたかったこと。
ただ一つを除いて。

「そっか。色んな事があったんだね。
やっぱ女の子は成長が早いからさぁ、さっき一瞬なまえちゃんじゃねぇかもって」

あぁやっぱり言っちゃおうか。
そうすれば楽なんじゃないかなぁ。

でも今の関係が崩れて欲しくはない。

それでも言葉が溢れて、

「藤兄ぃ...」

堰を切ったようになって、

「私は藤兄の、事が、ね…」
「うん」

ただじっと黙って聞いてくれている。

「好きなんだよ。ずっと昔から」

やっぱりあの水槽の中の金魚と同じだ。
酸素不足でとうとう水面から出てしまった。

「…うん。ありがとう」

跳ね上がって、外に出ちゃったよ。

あぁダメか。
そうだよね。子供の私なんて相手になりっこないじゃん。

「また言ってよ」
「え?」
「だって、なまえちゃん未成年でしょ?俺、成人してんじゃん。
さすがに犯罪者にはなりたくないしさ」
「え?、え??」
「だから、全部なまえちゃんが成人した時のご褒美ね」
「へ、変態!!」
「えぇ!?なんで!?」
「だって…そんな事、」
「ふふふ。…照れたんだ?」
「!?」

やや間があって、
私は固まった。
だって藤兄の吐息が髪が、すぐそこにあって、私は言葉を飲み込むことしかできなかったから。

「は、犯罪者!!」
「あ、なまえちゃん未成年だったっけ。俺、忘れっぽいからね」
「…変態」

あれ、じゃあ成人した時のご褒美って、なんなんだろう?
子供の私にはまだ分からない。

***

「見た?今の見たっ!?」
「ははは。藤くん犯罪者だぁ」
「アイツ絶対ハタチまで待てなかったんだぜ」
「お前らさ、趣味悪ぃって」
「「そういう秀ちゃんが一番気にしてたくせにぃ」」
「なっ…だから、それはさ、」

2人の事をこっそり覗いていた3人に冷やかされるのも時間の問題、です。

―――――――――――――LINER*NOTES
candy様との相互記念作品。お題は「夏祭り」でした。
前半部分は無声映画のような雰囲気をイメージしたことを覚えています。

金魚の件は少し修正しました。
そういえば、加筆修正した頃に発売されたCDには金魚が責めたことがあったかい?
とありましたが、私は裏切られたことならあります。
そんな大きくなるなんて聞いてないって。
めっせーじ


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