おまけ。

□桜
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今年もまた、咲きました。

「今年も見事に咲きましたね、吉野」

「菊が良い土のあるところに植えてくれたものね。土が良ければ私は世界一よ」

「そうですね」

菊の家の縁側に二人並んで腰を下ろし、庭に咲く染井吉野の大樹を眺める。

春。

西洋の異国人が日本によく訪ねてくるようになった。

昔は黒髪に琥珀の瞳一色だったこの日の本にも、金髪や茶髪、青の瞳がちらほらと目立つ。

ペリーというアメリカ人が来てからというもの、日本が、菊がどんどん変わっていく。

服も、食べ物も。

私たちのような儚いモノたちも、どんどん山奥へと引っこんでいる。

「この間は、河童たちが山奥に行っちゃったの」

「…そうですか。ここのところ、殆ど妖怪や精霊たちに会えなくなってしまって………。
はっきりと視えるのはもう貴女ぐらいですね」

「季節限定だけどね」

「ええ」

私は日本の桜の大元、「ソメイヨシノ(染井吉野)」の精霊。

こうして春になって花が咲くときにだけ、人間や菊に姿が見えるようになる。

今はその束の間の逢瀬。

しかし、何千と続いたこの逢瀬も、そろそろ難しくなってくる。

理由は勿論、異国との交流。

私たちや妖怪の皆が起こしていた怪奇現象も、科学というものでどんどん私たちの存在は否定されている。

それが影響し、菊には昔は見えた妖怪も今では殆ど視えない。

人間にも菊にも視えるのは、中でも一番古株な私ぐらいだ。

その私でさえも、そろそろ…。

「った!?」

「あぁ、すみません!少し姿がぼやけて…」

「いいのいいの。仕方ない事だとは分かっているから」

「すみません…」

私の姿も、だいぶぼやけてきているようで、こういう事が度々ある。

本当に申し訳なさそうにする菊だけど、私たちが見えなくなる原因であっても、
[日本]にとっては異国との外交は重要になる。

「もう。私は春になったら世界一綺麗に咲き誇って菊を喜ばせたいんだから!
私が見たいのは、今の貴女のしている表情じゃないよ」

「吉野……」

呆れたようにわざとらしくため息をつき、お茶を置いて再び私の隣に腰を下ろした菊の両頬に手を添える。

「ほら、笑ってよ」

手本になるように私が笑うと、菊も、ぎこちなさそうに苦笑いをした。

「だから違うってば」

「笑えと言われて笑うものではありませんよ」

そう言いながらも、今度はちゃんと笑ってくれた。

「そうだ。菊、今日家に誰か来るんでしょう?時間大丈夫?」

「おや、忘れていました。用意しないと」

「でも書類とか出しておくだけでしょ?」

「まぁ、そうなんですがね」

そう言いながら、またお茶をすすった。

口には出さないけど、私は少々異国人が苦手だ。

今までのままでもよかったのに、菊は[日本国]という国としてどんどん色々なことで変わり始めている。

それに、この国は鎖国していたが故に外交があまり達者ではないから、無理な条件を強いられることもしばしば。

それに悩んで苦しむ菊を見ているのは辛い。

そんな菊に私が異国人が苦手なことを話してしまえば、菊もそれに流されてしまうかもしれない。

きっとこれからも大変だろうけど、やっぱり国の為としては外国との交流が必要だ。

「………菊」

「はい、何でしょう」

「頑張ってね。私、視えなくなっても傍に居るから」

にこ、っと笑う菊は、これから辛い顔もたくさんするだろう。

きっと、今みたいに菊に言葉をかけたり菊に触ったり、私の姿を見て貰ったりする事は永くは続かない。

だから、せめて傍に居る事だけは覚えておいて欲しい。

「……有り難うございます」

少し悲しそうに笑って菊がお礼を言い終わると同時に、玄関の方から声が聞こえた。

「おーい日本!俺だよ、アメリカだぞ!いないのかい?」

「こちらですよアメリカさん」

言い忘れていたが、この縁側と庭からは玄関と通じている。

菊がアメリカさんに手を振り、気づいた彼にお辞儀する。

「やあ日本!そんなところに居たのかい」

「ええ。お待ちしておりましたよ。とりあえず、お茶を用意しますのでしばらくお待ちください」

「オチャ♪」

彼は縁側に腰かけ、菊はお茶を入れるために台所へ行ってしまった。

彼はやはり私が見えないようで、私たちの間に沈黙が流れる。

暫くすると、菊が「お待たせしました」と湯呑みを三つのせたお盆を持って戻ってくる。

「あちゃ…」

私は思わずそう呟いて額に手を当てた。

ここには「2人しか」いないのだから、湯呑みは二つしかいらない。

それに気づいたアメリカさんも、不思議そうに聞くに指摘する。

「日本、ユノミは二つで大丈夫だぞ!」

「え?…あぁ、そうでしたね」
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